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Jリーグ 観戦記|二分された世界|2021年J1第28節 川崎F vs 神戸

 九月は淡い光が似合う季節だ。涼風が肌を流れる。暑気の終わり。寒気の始まり。そんな狭間の世界に身を置くと、心は感傷的になれる余裕が生まれるのかもしれない。

 水と油のように二分された夕景が空に浮かんでいた。サッカーは僕の眼を空へと向けてくれる。当たり前のように存在し、当たり前のように美しい芸術。この季節が、僕にそう思わせるのだろうか。気のせいか、フロンターレブルーもより鮮やかに映る。

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 記憶が正しければ、僕はイニエスタを初めて眼にした。クラブワールドカップでも、ロシアでも、Jでも眼にすることができなかった。珍しい生き物を眺めるような感覚で、そのプレーに見入った。

 前半は神戸の独壇場だった。イニエスタ、大迫、武藤とつないだ先制点は個性が有機的な美しさへと昇華されていた。大迫はいかなるボールも我がものとし、武藤は眼前の広野を駆け抜けていく。イニエスタはその存在だけで、川崎の意識を手繰り寄せ、味方の選手たちが躍動する舞台を生んだ。それは魔法のように「見えないもの」を可視化する。魔法使いを支える櫻井と大崎。川崎の行く手を阻み、攻撃の下地を作った彼らは神戸を輝かせる一因だった。

 ボールをつないで、運ぶ。その大切さ。そんな当たり前の事実を再認識させられる。得点を奪い、得点を防ぐことを目指したこの競技において、それは値千金である。名の通った選手たちは、その価値を神戸にもたらした。

 川崎のパス交換は支配的だった。しかし、秋の到来とともにその勢いに影が差す。速さ。過去には組み立てに絡んだ「誰か」がいない感覚。掛け算になっていたものが、単純な足し算になってしまった。そんな感想が脳裏を支配する。故障を起こした車のように前進を止めるマルシーニョに視線を注ぐ。サッカーは生き物である。その事実が雨の降り始めのように、身体を支配していった。

 正反対の方向から、その同じ事実に向き合った。後半の川崎は活気に満ちていた。神戸の守備陣を削るようなプレスは遠くから眺めていても鋭さを感じさせた。波のように押し寄せるプレスはボールをゴールへと近づける。神戸にとっては悪夢のようだったのではないか。そして、神戸の選手たちは見違えるように「萎んで」いった。ハーフタイムの指示。体力。その要因に考えを巡らせる。

 眼にした波。ざわざわと声が拡散していくスタンド。特別な水の衣をまとった川崎の選手たち。今日もまた、新たなストーリーがここで紡がれた。それは九月が織り成す、季節と自然の美しさとどこかでつながっているような気がした。九十分で見た世界は二分していた。それは試合前に見た夕空を僕に想起させる。

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川崎F 3-1 神戸

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