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書評 #27|猫を棄てる 父親について語るとき

 不思議なタイトルだ。ずっとそう思っていた。「父親について語るとき」という副題を記憶していなかったのだが、猫を愛する村上春樹が猫を棄てている姿はセンスの悪い冗談のように思えた。

 表紙を開いて読み進めた。しかし、著者の父と猫はなかなか線を結ばない。文字の森を進む。陽光が木々の隙間から差し込む。森林浴をしたくなるような浅い森。少し先へと進む。そこで僕は思った。棄てられた猫は村上春樹自身なのだと。

 父への多くの思いがここでは語られる。しかし、一部でありながらも、第二次世界大戦の記憶が父の背中に色濃い影を残す。

 著者と戦争を掛け合わせると、僕の頭にはノモンハン事件が浮かぶ。人間の内に潜む残虐性や暴力性。その力は人から人へと連鎖していく。その不条理さに対する嘆きのような感情に本作でも触れることができる。間違っているかもしれない。しかし、親子の間に横たわる影に戦争の残り香のようなものを感じずにはいられない。

 そして、それは断片的にエディプスコンプレックスのようにも感じられた。『猫を棄てる 父親について語るとき』における母の存在感は薄く、父に対する嫉妬のような描写もない。しかし、父の期待を超えること。父から独立した大人として認められること。これらは父性の超越と表現できる。そして、それはアンビバレントな親子関係、子の親へと持つ気持ちを僕は連想する。

 大きな湖を眺めているような気持ちになった。穏やかな佇まい。風を受けて波立つ水面。その繊細な動きと村上春樹の文体が重なる。


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