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Jリーグ 観戦記|勝利への筋書き|2020年J1第8節 横浜FC vs 広島

 三ツ沢へと通じる長い坂を上ると、絵画のような光景が眼に飛び込む。雲間から太陽が光を射し、夕暮れ時に訪れたその一瞬を祝福してくれているかのようだ。木々に身を隠すセミたちも梅雨明けの喜びを全身で表現するかのように、身を震わせて音を鳴らす。僕は横浜FCとサンフレッチェ広島の試合を観戦するため、ここ三ツ沢を訪れた。

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 緩やかなスロープを下り、スタジアムの正面へと歩を進める。左手には横浜FCに所属する選手たちののぼり旗が立てられ、通行人に笑顔を向ける。メインスタンドを過ぎ、目指すべきゴール裏の西サイドスタンドが視界に映った。検温と手の消毒を済ませ、スタンドへと通じる細い通路を抜ける。水色のユニフォームを身にまとったサポーターたちが思い思いに時を過ごしていた。座ることができる席と席との間隔が空いているせいだろうか。地元の夏祭りのような、どこか牧歌的な空気が流れている。まだ熱し切っていない夏の空気も相まり、僕の興奮は適切な温度に保たれていた。コーナーフラッグ付近の空いている席を見つけた。試合を俯瞰できるよう、コンクリートの階段を一歩一歩上っていく。

 青のスタンド。真っ白なキャンバスに水色の絵の具を数的垂らして、薄く伸ばしたような夏空。その二つの青に深緑色のピッチが映える。サッカーが眼の前で披露される。その喜びをいま一度、心の中で反すうした。ELLEGARDENの『スターフィッシュ』が背後から鳴り響いている。空に星の輝きを見つけることはできない。しかし、ピッチの上で両チームの選手たちが芝の感触を楽しむかのようにウォーミングアップを行う姿は、きら星のように僕にまばゆい光を放つ。静かに、ゆっくりと試合開始に向けたカウントダウンが進んでいく。

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 横浜FCのユニフォームは夕空の青をそのまま映したかのようだ。広島は紫色のチームカラーからは隔たりを感じさせる、白に赤のユニフォームが意外性とともに眼に映える。試合は広島が終始優位に進めた。その差は微差かもしれない。しかし、点ではなく面で局面を眺めていると、ボールからは少し離れた場所で広島の選手たちが再三にわたって動き、スペースを作り、ボールを呼び込んでいた。反対に横浜FCはその動きが少なかったように感じる。このサイドでの攻防と駆け引きを間近で眺めているだけでも、この試合を観戦する価値があったように感じる。後半の途中で退いてしまったが、ドウグラス・ヴィエイラは強靭さとしなやかさを併せ持ったポストプレーで起点を作り、ディフェンスラインの裏を突こうとする動きで攻撃の選択肢を広げていた。

 横浜FCの攻撃は結末を予想できる映画でも見ているかのようだった。ディフェンスラインでボールを持てば、広島が空間と時間を奪う守備で襲いかかる。この動きを見ていると、サッカーは突き詰めれば陣地取りのスポーツであると再認識させられる。皆川のポストプレーや斉藤光毅のアジリティで局面を打開しようとする。しかし、決められた筋書きをなぞるかのように、センターバックの荒木が仁王のように立ちはだかり、物語に終止符を打ち続ける。その中で左サイドの松尾が見せる切れ味の鋭い突破やカットインは疾風のようだった。この俊敏な動きはなかなか止められるものではない。

 音を失ったスタジアムからはボールを緩衝材として、身体と身体が衝突する音が響く。セミの音や救急車のサイレンが耳に飛び込んでくる。日常と非日常が混ざり合う。

 ピッチ上に空白を作り、見つけ出し、森島とドウグラス・ヴィエイラが得点を重ねる。プロの試合とは思えないほど、ゴールが決まっても熱や興奮がスタンドから放射されることはほとんどない。アウェイチームがゴールを決めたことだけが理由ではない。Jリーグが向き合う新しい日常を肌で感じた。

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 横浜FCは後半に入って相手ゴールに迫る回数が増える。しかし、その要因のようなものをこの眼で見つけることはできなかった。最後まで、読者としての広島の予想を上回る筋書きを描くことができなかった。レアンドロ・ドミンゲスや中村俊輔のような筋書きに緩急をもたらす選手たちをもっと早くに、もっと長く投入できていれば、異なる展開が生まれていたと感じずにはいられない。静かな興奮と集中は試合終了の笛とともに区切りを迎える。

 漆黒の夜空が頭上を覆う。スタジアムの照明が背中を照らす。遥か遠くにみなとみらい21地区の輝きが浮かび上がる。ほのかな街灯に照らされた坂道を下り、脳内に記録された映像や場面を繰り返し再生する。僕にとっては至福の時だ。

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横浜FC 0-2 広島

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