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夢を叶える時

 死ぬまでに叶えたい夢があった。チャンピオンズリーグをこの眼で拝むこと。強豪が集う、至高の舞台。高らかに鳴り響くアンセム。その音色を全身で浴びたかった。

 夢を達成するまで、それは果てしなく長い道のりのように思えた。しかし、僕はそのチケットを引き当てた。二〇一四年のリスボン。決勝は情熱のマドリード・ダービー。「光のスタジアム」を意味するエスタディオ・ダ・ルス。澄み渡る空に高く昇るポルトガルの太陽。それは、この日のためにすべての雲を払ってくれた。

 席から三六〇度眺めても、独特の浮遊感が身体を覆う。地下鉄でサポーターたちが叩いた天井のビートが鼓動へと転換される。世界中から選ばれし六万人の一人に僕はなれた。そこで過ごす一秒一秒によって、血液の濃度が高まっているような気がした。

 大航海時代を牽引したポルトガル。大海原を模した青白のフラッグ。雄大なメロディは波のようにうねる。バックスタンドに姿を現すビッグイヤー。ルスを支配する音色は潮が満ちるように、アンセムへと姿を変える。ファドの歌声に乗せて。哀愁を帯びた清らかさ。それをずっと耳にてしていたかった。

 堅牢なアトレティコ・マドリード。夢の舞台たらしめた、アディショナルタイムに突き刺さったセルヒオ・ラモスのヘディングシュート。スタンドに白い波が幾度も押し寄せる。その波は街の宿敵を飲み込んだ。

 僕にはもう一つのドラマが待ち受ける。セルヒオ・ラモスのゴールによって、宿で待つ彼女との夕食の約束は果たされなかった。ラデシマは完結した。しかし、部屋に充満する怒りに終止符を打つべく、僕は新たな戦いへと身を投じる。感情の波浪にさらされた、リスボンの夜を僕は忘れない。

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