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【なまらのんびり04】駆け出したくなる季節?【夫婦エッセイ】

 3月31日、日曜日の会話。

 昼間、街中へ出掛けていた帰り道。
 僕が公共交通機関の人混みが苦手なため、雪も溶けて歩きやすくなってきた最近は一緒に家まで歩いて帰ってもらっています。
 段々と春めいてきたので、「木につぼみがたくさんできているよ」「これはモクレンだね」とか「カラスが巣を作っている」「子育ての季節になるね」なんて話しながらのんびり帰るのは気持ちが良いものです。

「明日は4月1日かぁ……」
 妻がふと話し始めます。4月1日といえばエイプリルフールの話か、それとも新元号の話か、と、妻の次の言葉を予想しましたが、どちらでもありませんでした。
「泳ぎたくなる季節だね」
「……?」
 毎度同じ展開ですが、一瞬理解ができません(笑)
 泳ぎたくなる。泳ぐ。もちろん寒い冬よりは暖かくなる春の方が泳ぎたくなるかもしれませんが、プールや海といえば春より夏のイメージ。そもそも妻はあまり泳ぐのが得意ではありません。
「こうやって」
 そう言って妻は、歩きながらもクロールのように腕を回して見せます。
「なんかやる気が沸いてくるというか」
 妻は目をキラキラさせて話しています。
 なるほど、と僕は思い、「4月1日」に対して「泳ぎたくなる」と言った彼女の思考回路の解析を始めます。
 暖かい春になると、植物はつぼみを付けるし、動物は活発に動き始める。人間だって外を散歩するようになったり活動的になる。新年度を迎え、気持ちを新たにして生活を始める。「4月1日」に対して感じた「前に進むたいという活力」のことを、どうやら妻は「泳ぎたい」という例えで表現したようだ。しかし、一般的にそれを言うなら……。
「……それを言うなら、走りたくなる季節、じゃないの?」
 じっとしていられなくて思わず駆け出したくなる、そんな表現はよく聞く気がします。

 妻の言葉を、言い間違いだと決めつけて最初は笑いました。
「……でも」
 しかし、理解してからよく考えてみると、その感覚に僕も身に覚えがあったのです。

「なんとなくわかる気がするな。うん。僕も泳ぎたくなる時がある。一人でラジオ聴きながら歩いている時とか、好きな音楽を聴きながら走っている時とか。テンションが上がって気力が溢れてくると、やってやるぞーって思って、僕も泳ぐ時があるよ」
 妻は僕の言葉を聞いて喜びました。
「ほんと? どんな風に?」
「こうやって」
 そう言って僕は、歩きながらも平泳ぎのように腕を水平に動かして見せました。

 目の前の空間を掻き分ける。空気を掴んで自分の体をそこへ引き寄せるように。体を軽くする心地好い浮力をイメージして。流れを作って、波に乗って。そうやって全身を使って前へ前へと進んでいきたい。そんな感覚。大地を力強く蹴って走るのとは違う、そんな感覚。
 共感してくれる人がどれだけいるのかはわかりませんが、少なくとも自分の中にはあった名前のない、あるいは既存の言葉で呼んでいた感覚。それを、既成概念にとらわれることなく言葉で表現してくれた彼女は、やはり素敵な人だな、と改めて思いました。

 春。新年度。新元号。良い季節ですね。
 藻掻いて、足掻いて、前へ進みたいと思います。

 それにしても足は歩きながら腕は泳いでいる夫婦……。
 春は、変な人が増える季節でもあります(笑)

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