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ホラクラシー(Holacracy)の語源、ホロン(holon)とは何か?

ホラクラシー(Holacracy)とは、フレデリック・ラルー(Frederic Laroux)著『ティール組織(Reinventing Organizations)』でも取り上げられている組織運営手法であり、

Holacracy One(ホラクラシー・ワン)社ブライアン・J・ロバートソン(Brian J Robertson)と、トム・トミソンTom (Thomison)が2007年に開発した役職階層型組織に変わる新しい組織デザインの方法です。

私自身もまた、2017年7月からホラクラシー(Holacracy)に携わってきました。

国内での海外ゲスト招聘プロジェクト、企業、団体などでのホラクラシー(Holacracy)実装とチームのファシリテーションに取り組んだ他、

2019年にオランダで開催されたトレーニングに参加し、開発者ブライアン・ロバートソン本人から学ぶなどしながら、

現在まで7つの組織や団体、企業、プロジェクトにおいてホラクラシー(Holacracy)の導入・運営の伴走といった実践を重ねてくることができました。

ホラクラシー(Holacracy)そのものの解説は、日本人初のホラクラシー認定コーチであり新訳版の解説者である吉原史郎さんの以下の記事及び、新訳版出版に際してホラクラシーのエッセンスについて語られた動画にもご覧ください。

さて。前回私は、私はそもそもどのようにホラクラシー(Holacracy)が構築されてきたのか、というブライアンのストーリーについて、ブライアンの記事を紹介しました。

今回は、ホラクラシー(Holacracy)という造語の語源である、ホロン(holon)と、その概念が生まれるに至った背景についても取り上げていきたいと思います。

ホロン(holon)とは何か?

「ホロン(holon)」とは、ハンガリー生まれの思想家アーサー・ケストラー(Arthur Koestler)の造語で、ギリシア語で「全体」を意味する「holos」に、部分を暗示する接尾語「-on」をつけたものです。

「ホロン(holon)」という概念を簡単に要約するならば、「全体性と部分性を同時に有する実在」といったものとなります。

このケストラーによる新語は1967年に出版された『The Ghost in the Macine』(邦題:「機械の中の幽霊」)の中で初めて発表されたものであり、「全体子」という訳語が用いられることもあります。

ホロン(holon)の提示する世界観

ホロン(holon)を意味を正確に捉えようとするためには、その語を生み出すに至ったケストラーの世界観に触れることが重要です。

ケストラーによれば昆虫の世界から人間社会に至るまで、安定的な構造を持つシステムは、一連の基準(コード:code)規範(カノン:canon)による階層構造(ヒエラルキー:hierarchy)を持っており、これがシステムに秩序を与えています。

そして、その階層構造のどのレベルのメンバーも、全体としての独立した性質と、部分としての隷属的な性質という両面性、亜全体(sub-whole)としての性質を持つ、と主張します。

生物体であれば、器官、組織、細胞というような階層構造が存在し、それぞれの位相で自立的に活動しています。そして、より上位の層に対して従属的に振る舞う「部分」の顔、より下位の層に対しては支配的に振る舞う「全体」としての顔を持ちます。

このようにある構造における絶対的な「部分」「全体」は存在せず、部分であり全体でもある性質を持つ実在である「ホロン(holon)」が存在する、というのがケストラーの世界観です。

「部分」と「全体」に関しては、当たり前な説明とも捉えることができますが、ケストラー が「ホロン(holon)」を提唱した当時は、デカルトに端を発する還元主義・機械論的世界観に限界が見え始めたと同時に、それに対して全体は部分の総和以上である」とするホーリズム(全体論)の隆盛も迎えつつある時期でした。

ホロン(holon)という語は、それらの概念を繋いで捉えるため、時代の要請に応えるものでもあったとケストラーは語っています。

「新語をつくるのは危険なことである。受け入れられても大して誉められることはないしのに、もし拒否されたら笑い草になること必定だからである」とベン・ジョンソンは書いた。けれど、ホロンにはその危険をおかす価値があると思う。なぜならこの語はまさに切実な要求を満たすものだからである。それはまた、行動主義者の原子論的アプローチとゲシュタルト心理学者の全体論的アプローチとの間の欠けた環(ミッシング・リンク)、あるいはむしろ欠けた一連の環、を象徴化するものである。
(中略)
部分−全体という二語から成るパラダイムは、われわれの思考の無意識的な習慣に深く染み込んでしまっている。もしわれわれがそこから脱却することができたなら、われわれの知的見解は大きく変わってくるであろう。

アーサー・ケストラー「機械の中の幽霊」p85-87

なお、ホロン(holon)の構造に着目してケストラーは以下のような図を提示しています。

アーサー・ケストラー「機械の中の幽霊」第4図をもとに作成

ホラーキー(Holarchy)とは、上記のようなホロン(holon)としての構造と機能が生み出す階層性…すなわち、

それを構成する部分に対しては自律的な全体としての支配(supra-ordination)しつつ、

より高いレベルでのコントロールに対しては部分として服従しつつ(sub-ordination)、

その局所的な環境においては協調しつつ働いている。

このような階層構造をホラーキー(Holarchy)と呼びます。

ホロン(holon)の視点を経営に活かす

先の章で、「ホロン(holon)」とは昆虫の世界から人間社会に至るまで適応できる、「全体性と部分性を同時に有する実在」であることを見てきました。

また、ホロン(holon)としての構造と機能が生み出す階層構造をホラーキー(Holarchy)と呼ぶことも見てきました。

では、このホロン(holon)をよりシステム的、構造的、組織的に捉えていくとどのようなことが見えてくるでしょうか。

ケストラーは昆虫の世界から人間社会に至るまで、安定的な構造を持つシステムは、一連の基準(コード:code)規範(カノン:canon)による階層構造(ヒエラルキー:hierarchy)を持っており、これがシステムに秩序を与えているとしました。

人間社会をホロン(holon)と捉えた場合、基準(コード:code)規範(カノン:canon)についてケストラーは以下のように述べています。

しかし、社会的ホロンをしばる規則あるいは掟は、単にその活動に加えられる消極的な制約として働くばかりでなく、積極的な指示、行為の規範、モラルの命令としても作用する。その結果、各ホロンが存続し、その固有の活動パターンを主張する傾向を生じる。この自己主張の傾向は、ホロンの根本的で普遍的な性質であって、社会的階層序列の(そして、後に述べるように、他のすべてのタイプの階層序列においても)どのレベルにもみられるものである。

アーサー・ケストラー「機械の中の幽霊」p95-96

社会におけるある個人は、自己実現の欲求や競争心、野心を発揮することができます。同時に、彼または彼女は、所属する社会的グループに依存し、統合されています。

もし、彼ないし彼女が社会によく適応できた人物であれば、自己主張的傾向(self-assertive tendency)全体帰属的傾向(integrative tendency)の動的な平衡状態が保たれていると言えるでしょう。

しかし、ストレス条件のもとでは平衡が崩れて、規範から逸脱した行動が生じることになります。

また、ホロン(holon)は、基準(コード:code)規範(カノン:canon)だけではなく、その外部環境に対して柔軟な戦略(strategy)を備えています。

階層的な組織の本質が何であろうとも、その構成ホロンは固定的な規則可変的な戦略によって規定されている。

アーサー・ケストラー「機械の中の幽霊」p95-96

ホロンの構造や機能を支配している一連の固定規則を<規則(コード)>あるいは<規範(カノン)>と呼ぶことにする。ただし規範はホロンの活動の制約や統制を加えはするが、ホロンの自由度を枯渇させるものではなく、環境の偶発性とのからみでいくぶん柔軟な<戦略>も認めていることに留意したい。

アーサー・ケストラー「ホロン革命」p68

この戦略について、ケストラーはクモの巣作りとチェスのプレイヤーを例に上げています。

クモが巣を作る能力を有することは遺伝的に、固定的に規定されたものですが、そのクモが何本の枝を活用して巣を張るかは、その時々の環境に左右されます。クモは、その能力を状況に応じて使い分ける戦略を有しているのです。

また、チェスの棋士はチェスという「ゲームの規則」という規定に則った上で、そのルールにおいて許されうる様々な手を、相手の打ち手という外部の要因・状況に応じて打っていきます。

このように、ある主体(個人または組織)としてのホロン(holon)は、自らを秩序立てていくための基準(コード:code)規範(カノン:canon)を用いて独自の行動を行う一方、偶発的な要因や環境条件に応じてその行動を変化させることがあります。

そして、決定的な挑戦は行動の崩壊を招くか、または新しい形の行動の創造へ導きます。

ホラクラシー(Holacracy)とホラーキー(Holarchy)な組織経営

以上、見てきたようなホロン(holon)の概念および、ホロン(holon)による階層構造(ホラーキー:Holarchy)は、ホラクラシー(Holacracy)の至るところに活かされています。

ホラクラシー(Holacracy)における組織構造は『Glass Frog』という独自開発された可視化ウェブツールを用いて、以下のようにホラーキー(Holarchy)なサークル図によって表されています。

2022年10月時点のHolacracyOne社のサークル図

ホラクラシー(Holacracy)を開発したホラクラシーワン社(HolacracyOne)は、独自の可視化ツールとしてグラスフロッグ(glassfrog)を開発し、これをホラクラシー(Holacracy)を適用する組織に対して提供しています。

ホラクラシー(Holacracy)における組織構造は、組織における役割(ロール:role)を中心に構造化されており、さらにそれを見える化することによって、社内政治や、ある特定の仕事と結びついた人の欲望・エゴを解消していくための工夫が凝らされています。

また、各役割(ロール:role)ホロン(holon)と同じく、ある活動に対して独自の権限が与えられており、その権限や活動の内容・範囲についても明確に定義することを可視化ツールのシステム内で求められます。

各ロールは、明文化されたアカウンタビリティ(accountabirity)……すなわち、ホラクラシー(Holacracy)における基準(コード:code)規範(カノン:canon)に基づき、自律的に活動を行うことができます。

明文化されたアカウンタビリティ(accountabirity)は、組織全体における目的下という制約がある一方、その規定された内容に関しては各ロールが裁量権を持ち、自由に振る舞うことを可能とします。

以上のような背景が、ホロン(holon)による統治(-cracy)、すなわち、ホラクラシー(Holacracy)の命名と設計思想、目的に反映されています。

ホラクラシー(Holacracy)の運用上の専門用語については、以下もご覧ください。

さらなる探求のための参考文献

ホロン革命 新装版—部分と全体のダイナミクス

アーサー・ケストラーの遺作であり、ホロン(holon)について体系的に書き上げた書籍の新装版が2021年に出版されています。

パラダイム・ブック

ホロン(holon)が提唱された時代背景を探る上での参考文献

ニューエイジ・ブック―新しい時代を読みとる42のニュー・パラダイム

「パラダイム・ブック」と同じく、C+Fコミュニケーションズによる参考文献


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