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長男の苦悩と嫉妬。映画「ゆれる」の香川照之に、とんでもなく圧倒的な演技を見せられてしまった件

身内というのは、厄介な存在だ。
血のつながりがあるだけで家族となり、ずっと一緒にいるだけに、比較してしまう。愛着も増すけど、その反面、妬みやそねみも生まれる。身近だからこそこじれる。

「ゆれる」

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(C)2006「ゆれる」製作委員会



すごい作品とは聞いていたのに見逃したままだったので、「すばらしき世界」の余韻が残るうちに同じ西川美和監督作として鑑賞した。

同じく西川美和監督作「すばらしき世界」


「ゆれる」があまりに印象深かったので、
半年ぶりに2回目の鑑賞。

 
人間の中にあるいろんな感情を完璧な脚本と素晴らしい役者の演技で見せた。私の心の中にもある、妬みや憧れ、コンプレックス、身内に対してこそ沸き上がってしまうドライな感情。とかとか。
  
かなり昔の作品なんだけど、西川監督の緻密で繊細な描写と演出に圧倒されてしまった。なんと15年前の作品。こんな昔に、すでにものすごい完成度。若い女性監督が、こんな清濁入り混じった人間を描くとは。
 
同じく香川照之も、昔からすごいし、今も第一線で活躍する俳優さんだが、15年前からもう、こんなに圧倒的な演技だ。すべての表情や仕草が裏にある感情を含んだような表現で、こちらも圧倒された。

というか、もう香川照之が全部持って行っちゃってて、弟役のオダギリジョーとか父親の伊武雅刀、真木よう子など、他のキャストも相当の好演なのだけど、それどころではない。もう香川照之の演技がすごすぎるのでそればっか見てしまう。

家業を継いで田舎でくすぶっていた長男(香川照之)と、田舎を出て東京でカメラマンとして活躍するイケメンの弟(オダギリジョー)。

モテない自分、片田舎でクレーマーにペコペコしてガソリンにまみれて過ごす変わり映えのない毎日、兄としてあるべき自分。次男は要領も良く、いつもスカした感じで、女にもモテて、稼ぎも良い。おいしいところは全部、弟が持って行ってる気がする。

自分の人生、これでよかったのか、こんななずじゃなかったのかも、が入り混じって、長年鬱積し複雑な表情をほんの数秒で表現する香川照之の力量がとんでもない。

内容は見てのお楽しみなので多くは語れないが、裁判のシーンで弟が語りだすシーンの、香川照之の表情の変化がものすごい。一瞬でこれほどまでにさまざまな感情を表せるのかと思うほどだ。

今や「半沢直樹」シリーズなどで、大げさで自分勝手な演技のイメージが強い香川照之だが、本作ではおとなしく忍耐強い、周りの顔色をうかがう長男らしい長男を演じているが、やはりそこは西川美和監督作、長男の「裏の顔」がチラチラ垣間見える。

わたしには兄弟がいないので、兄弟間のいざこざは正直ピンとこないが、同じ両親のもとに生まれ、同じ家で育ったのに、ここまで違うという現実は非常に厳しいんだろう、と想像する。そして兄弟のいないわたしにも、この兄弟の確執はひしひしと伝わってくる。それだけの力量がある作品だ。

海外では分からないが、日本ではいまだ、家長制度の名残が強く、兄弟の誰かが田舎に残って家業を継いだり実家の面倒を見ることは、結構あることだろう。うちの旦那は長男だが、就職時に田舎から出てきており、そのぶん次男が地元に残っている。実家を継ぐとかではないが、義両親が何かあれば、弟が足しげく病院に通って世話をしていた。旦那は折に触れて、自分が長男なのに地元を離れたことに対する罪悪感が少しありそうなそぶりを見せる。そして非常に望郷の思いが強いな、と思う。やはり地元に残って家を守るという意識が、特に長男の男性に、意識が強い人が多いのかもしれない。

レトロかつテンポよい雰囲気で始まるオープニングから、山梨の田舎を舞台に起こる事件、そして兄弟のあいだでまさに「ゆれる」感情、目に見えない空気感を絶妙な雰囲気で映し出す本作、グイグイ引き込まれて感情移入し、時間を忘れてのめりこんでしまう。

ラストシーン、あれから彼はどうなったのだろうか。希望を感じさせつつ、観る者に託すラストは、モヤモヤするけどずっと味わいたくなる余韻がある。

いろんな方がレビュー書いてるけど、息を飲むような瞬間が多すぎて語り尽くせないことと、この余韻を言葉で語れば語るほど陳腐になりそうなので、とにかく、間違いなくお勧めの逸品と言う事だけは最後に伝えたい。

余談だが、香川照之は最近、「市川中車」として歌舞伎座に出演していて、実際に舞台を拝見したが、やっぱりわたしは「香川照之」のほうが好きかな、と思う。最近は映画やドラマの出演作が減っている気がするが、もっといろんな役を見せてほしいな、と個人的には思う。

2021年7月現在、ネットフリックスで鑑賞。

本日もお読みいただきありがとうございました!

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