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あづさの恋 中学編

 一郎君が死んでからというものあづさはふさぎがちでした。
でも花子や友達の励ましにより少しずつ元の元気でワガママなあづさに戻っていきました。
そんなあづさも中学生。
クセ毛が酷くなりましたが、すこし大人っぽくなってきた様です。

「あぁ、新しい恋!剣道部の健二先輩!素敵!」

あづさは自室の机で頬杖をついて同じ中学の剣道部の3年の健二の事を思っていました。
もし、健二と一緒に帰れたら、健二にデートに誘われたら、健二から告白されたら…。こんな感じで妄想を膨らませていました。
でも大体こういう時に部屋に入ってくるのはお母さんです。

「あづさ、このリボンあなたのでしょ?」

「ノックしてよ!もう私中学生よ。リボンなんて子供っぽくっていらないわ。しまっておいて」

「はぁい」

気の抜けた返事でお母さんは出ていきました。

「どうして大人ってこうなのかしら?デリカシーが無いのよ。お父さんは勝手に私のシャンプー使うし。あれは特別なシャンプーなのに」 

今度はドアをノックする音が聞こえました。

「なぁに?」

「花子さんよ」

あづさは返事もせずに玄関まで走りました。

「花子ちゃんと出てくる」

あづさはそう言うと花子と家を出ました。
駅前の公園の側に最近出来たファストフード店モグモグバーガーに2人で入りました。

「やっと都会っぽくなってきたわね。バーガーショップが出来るなんて」

「でもあちこちお店出来たから地元の店がやってけねぇって話だぁ。あそごの反物屋も米屋も閉まるとさ。あそごの公園も工事が入って変わるらしいな。ところであづさちゃん、何か相談あるのげ?」

「うん、健二先輩の事で」

「あぁ、けんず先輩。あの人のこど好きなんだが?いっつもこそっと陰からあの人を見てるがら命でも狙ってるのがなぁど」

「健二先輩って痩せてて凛々しくて成績も良いって話でしょ?学徳院狙ってるって言うじゃない?」

「あの名目け?1つの学校から1人ぐらいしが入らねぇっで所だろ?」

「そう、田舎であんな意識高い人っていないでしょ?私結構つり合うと思うのよ。2人で並んで歩いたりしたら。それにしてもあずき色の学校のジャージ何とかならないかしら?あずき色よ。信じられない。恋も台無しよ。あずき色が2人並んで歩くのよ。あずき色」

「うーん?でもけんず先輩、いい人いるって話だ」

「えっ?付き合ってる人いるの?」

「いい人がいるって聞いただ」

「いい人」

あづさは家に帰って自室に入るとまた頬杖をつきました。

「いい人って恋人よね。素敵な人かしら?」

その日はそんな事を食事時も入浴中も考えて学校の予習復習などせずに寝てしまいました。

翌日、あづさは花子と登校中、健二を見かけました。

「あづさちゃん、けんず先輩だ。ほら、話かけてみだらどうだ?」

「恥ずかしいわよ」

健二先輩に誰かが駆け寄ってきました。
剣道部のマネージャー良子先輩でした。
あづさはきっとあの人が健二の「いい人」に違いないと思い、少し元気が無くなりました。花子はそんなあづさを見て黙って学校まで歩きました。

その日はあづさが朝の出来事を考えていたせいか、全く授業が頭に入らなかったので仕方なく放課後に図書室で勉強していました。
図書室は数人、あづさと同じ様に勉強している人がいました。
そして図書室にまた誰か1人入ってきました。それは健二でした。健二が現れてあづさの方へ歩いてきてあづさの前で立ち止まりました。

「あずみちゃんだね、オラ、3年のけんずってんだけんども、ちょっと聞きてえ事あってなぁ。教えてほしいんだけんども」

「あ、あづさです。あづさのづはつに点々で覚えて下さい。あずき色のずと違う方です。どうぞ、私でよければ何でも…」

あづさはそう答えました。
心臓の鼓動が早くなり、熱くも無いのに頭から汗が滴り落ちてきます。

「オラ、環境の事について勉強してるだども、東京はそんなに酷いのけ?」

あづさは東京に住めなくなった時の話を健二にしました。
渋谷や新宿は死体だらけでこっちに引っ越してきた頃は処理も追いついていなかった事。
木を切り倒して生態系が崩れた事が原因。
同級生は半分くらいはネズミに食べられてしまったらしい等。

「ありがとうなぁ。やっぱり東京にいだ人に聞ぐのが1番良いって、うちのマネージャーが言うもんだがら」

朝見たのはその話をしていた時だった様です。

「いえ、お役にたてて。嬉しいです」

「また教えてケロ」

「はい」

健二は図書室を出ていき、あづさはその後、勉強が手につきませんでした。

その夜、あづさは自室で健二とお話した時の事を思い返し、そしてこの後の2人の展開を勝手に妄想するといういらない予習復習を繰り返していました。

「あぁ、胸が高まり眠れない!どうしよう?」 

ベッドに入って布団をかぶり足をジタバタしましたが、その後あづさはいとも簡単に寝てしまいました。

窓を誰か叩く音で目が覚めました。

「あづさちゃん、あづさちゃん」

「何?またカエル?一郎君?」

「僕だよ!健二!」

窓の外にアブラゼミがいました。

「キャッ!?誰?セミ?」

「健二だよ!」

あづさが窓を開けるとアブラゼミが入ってきました。

「本当に先輩?」

「本当だよ!さぁ、外へ出よう」

「前にも同じ様な事があったけど…あと、私パジャマだし恥ずかしい」

「関係無いよ。楽しい所へ行こう!」

健二の後を追いあづさは外へ出ました。

暗闇の中アブラゼミを追いかけるのは大変でしたが何とか見失わずについて行きました。駅前の公園で健二は止まりました。

「さぁ、楽しい場所だよあづさちゃん、とっても良い人だから特別にご招待!」

「ここ駅前の公園ですね」

「あの木の上まで飛ぼう」

「私、あんな高いところ…」

しかしみるみるうちにあづさの体は縮んでゆき背中に羽が生えてきました。

「あっ、私もセミになった」

「さあ、飛ぼう!」

体が小さくなったあづさは公園がいつもの何倍も広くまるで森の中の様でした。
あちこち2人で飛び回って、公園には自分達の様な昆虫の他に鳥や獣が沢山暮らしているのに気づきました。

「あそこはカラスが潜んでるから気をつけて。ほらあの木の蜜は凄く美味しいんだ」

蜜の美味しい木に2人で止まると上から甘い香りがしてきました。

「登ろう」

2人が登ると木の割れ目から樹液が溢れている場所を見つけました。

「蝶もコガネムシもいない。独占だね!」

「美味しそう」

2人は夢中で樹液を吸いました。
あづさのストローの様に伸びた口が健二の口に触れてあづさはドキッとしました。
あづさは「先輩とデートしてる!」と思い凄く興奮しました。
樹液でお腹いっぱいになると健二は言いました。

「もう朝だ。お別れだね」

「でも、また学校で会えますよね」

「いや、セミは成虫になったら長く生きられないんだ。この素晴らしい世界を君に見せたかった。理解してくれてありがとう。さようなら」

「先輩、ま、待って!」

あづさはベッドから転げ落ちて目が覚めました。

翌日は祝日で学校は休みでした。
あづさが駅前のモグモグバーガーへテイクアウトを買いに行こうと公園の前まで来た時、救急車や消防車が止まって人集りが出来ているのが見えました。
その場にいた同級生に話を聞くと駅前の定食屋さんの一家が全員ガス中毒で亡くなったらしいとの事でした。

「あづさちゃんも知っとるだろぅ?ほら、3年の剣道部の…」









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