ゆい ひろあき

柔道整復師として活動してます! 日々の活動の補足や考えていることを伝えられればと思って…

ゆい ひろあき

柔道整復師として活動してます! 日々の活動の補足や考えていることを伝えられればと思ってます。 https://www.instagram.com/virds.riku.nagano?igsh=MTFlaGNwd2UycHprNg%3D%3D&utm_source=qr

最近の記事

49.教える側のエゴが身体を制限させる

わたしたちの仕事は「〜先生」と呼ばれることが多いです。 先生の語源は先に生まれた人から来ているそうです。 先人から教えを乞うという構造は根強く残っています。 先生と呼んでいただけるのは嬉しいですがここ数年考えていました。 この教える側と教わる側という関係が相手に制限を生んでしまっているのではないかと。 私の理想の相手との関係は、ふらっと近所に立ち寄るような感覚で来てもらいそこで身体の相談を聞く。 その中で最近私生活でこんな事があった、身体の調子がどう変わったなどを聞き

    • 48.二元論から抜け出す

      物事を考える際や議論をする際どちらが良いか悪いか、どちらを行いどちらかを辞めるかなど二元論を前提として話される事が多いように思う。 それと似たようなもので、MBTIや血液型占いなどのタイプ分けから〜法や〜式に至るまで、私たちはカテゴライズする事で頭を整理しようとする。 そういった場面をみていると人や世界というのは果たしてそんなに単純なのだろうか?と疑問が湧いてくる。 二元論は1700年から始まりデカルトの身心二元論から世に広まっていきました。 私たちの生活の中にも広く根

      • 47.僕が僕であるために

        自分の視点というのはエゴや偏見により出来ているのではないでしょうか。 それを見方を変えると個性と呼ばれます。 人の言うことは聞かなくていい。 挑戦は最初は否定される。他者の意見は耳に入れるな。 このような話もある意味正解となる事もあるでしょう。 しかし前提として自己認識が出来ているかというのが大切になってくると考えています。 まずエゴや偏見に気づくことは、一人ではなかなか困難です。 私たちの見えている世界というのは過去からの予測で出来ているので、同じ茶色の飲み物を見た

        • 46.姿勢からみる人は見た目が9割 

          姿勢は、私たちの生き方を表しているように思います。 私たちがどのように生き、動き、感じているかを反映しそれが姿勢に現れます。 現に歩く姿勢というのは指紋と同様な個別性があり、歩き方の特徴を見るだけで個人が特定できるまでになっています。 姿勢は私たちの生活において世界をどのように感じ過ごしているかそれに応じて筋肉、骨格、神経系の相互作用により私たちの姿勢となり表現されます。 私たちの生活習慣は、姿勢に大きな影響を与えます。 長時間同じ姿勢でいることは、感覚器のセンサー

        49.教える側のエゴが身体を制限させる

          45.おれかオレ以外か

          人は、神経回路のネットワークによって、自己を認識していると言えます。 しかし、その「自分」とは果たして何なのでしょうか? 身体の一部である細胞や腸内細菌といった微小な存在から、意識と主観を持つ私たちまで、自己の概念は多様であり生物により異なります。 私たちは進化の過程でいつ自己を身につけたのでしょうか。 原始的な生物である細菌や単細胞生物であっても明確に個を自覚しています。 自分に危険が迫るとそれに対し抵抗し安全を確保します。 しかしそこに我々のような意識は存在してい

          45.おれかオレ以外か

          44.過去と未来に悩めるのは人間の特権

          言語とコミュニケーションの進化は、人類の歴史の中で最も重要な進歩の一つです。 私たちは言語を通じて過去の経験を共有し、未来の夢を語り合うことができます。 この能力は、私たちが集団として協力し、知識を蓄積し、文化を築く基盤となっています。 言語は、過去の出来事や未来の計画を伝える手段として発展しました。 物語や歴史の記録は、経験を次世代に伝えるための重要なツールです。これにより、私たちは過去の教訓から学び、未来への道を照らすことができます。 しかし、過去や未来に囚われ

          44.過去と未来に悩めるのは人間の特権

          43. 皿洗いと意識

          運動は、我々の日常生活において無意識的に行われることが多いです。 例えば、皿洗いをする際、手が自然に動いていることに気付かないことがあります。 このような自動化された運動は、視覚と思考から切り離され、脳の余白を生み出します。 運動が自動化されると、我々はその運動を意識的に行わなくても、体が自然に動きます。 例えば、歩くことや自転車に乗ることは、ほとんどの人にとって無意識的な行為です。 視覚は、このような運動においてはあまり関与しません。 私たちは目を開けていることで

          43. 皿洗いと意識

          42.信念と痛み

          フリードリッヒ・ニーチェは、「西洋は仏教を理解できるほど成熟していない」と言いました。 彼の哲学が西洋の宗教的背景においてどのように位置づけられるかがこの言葉から理解できます。 西洋では一般的に、神の教えに依存し救いを求める傾向が強いとされています。 これとは対照的に、仏教は信じることを超え、自己と世界に対する深い問いに向き合う宗教です。 仏教の教えは自己の問いと深い関わりがあります。 信じることをやめ、自己とは何か、世界とは何かという問いに対して探求し、悟りを開く

          41.慢性痛と記憶

          記憶は、私たちの日常に深く影響を及ぼすものです。 慢性痛に苦しむ方々は、その痛みを「痛い私」として自己同一化し、日々の生活に持ち込んでいることがあります。 しかし、この痛みを過去の経験として処理できるかどうかが重要なポイントだと感じています。 例えば1ヶ月前の食事を覚えているでしょうか? ほとんどの方が覚えていないと思います。 私も覚えていません。 食事という過去の出来事を記憶から切り離し、あたかも今の私には一ヶ月前の食事など何も影響していないかのように生活していま

          41.慢性痛と記憶

          40. 「歩:本来の私たちの足跡への回帰」

          赤ちゃんが初めて足で地面を踏みしめ、歩くことを覚えると、一日に約14000歩もの小さな冒険が始まります。 それは、狩猟採集民だった時代に繋がる古代のリズムです。 彼らは日々の生活の一環として、10キロもの距離を移動し、自然との共鳴し生活をしてきました。 しかし、現代の私たちの足跡は減少の一途を辿っています。 平均歩数がわずか6000歩と言われる今日の日本。 一方で、世の中には「10000時間の法則」というのが存在します。10000時間費やせば、その道で一流になれると。

          40. 「歩:本来の私たちの足跡への回帰」

          39.運動神経と思考

          運動神経は、思考が身体の中でダイレクトに表れる力強い手段である。 考えが頭の中で渦巻くだけでなく、それが具体的な動きになる瞬間こそ、真の表現となる。 例えば、「あの人に悪いことしたな」と感じたとき、その思いを素直に謝罪という形に変えることができる。 こうした些細な行動も運動神経の豊かさを示すものだ。 謝罪をする際、相手に対する後ろめたい気持ちなどで行動を制限する場合がある。 本当は謝った方がいいとわかっているのに。 こういった思考と行動のギャップを埋めるために人は言

          39.運動神経と思考

          38.聴くと聞く

          「聞く」と「聴く」には微妙な違いが存在し、これは単なる言葉の類似性を超えて深いコミュニケーション理論にも関連しています。 一般的に、「聞く」は音を耳で受動的に感知し、外部からの情報を取り入れる行為を指し、「聴く」はより深い理解や感受性を伴い、注意深く耳を傾けて主体的に情報を取り込むことを指しています。 日常的には、「聞く」が主に簡単な情報収集に使用され、意識的な取り組みを必要としません。  対照的に、「聴く」は相手の発言や音楽などに真剣に耳を傾け、その奥にある意味や感情

          37.抽象的に考えることの利便性

          私たちは物事の抽象度を調節して考える事が出来る。 連想ゲームのように「手」という単語に対して右手→親指→爪などどといったように細かくしていくのを具体性と呼ぶ。 反対に手→腕→上半身→身体などと言ったように曖昧にしていく事を抽象と呼ぶ。 私たちは様々な具体と抽象を行き来しながら生きている。 これは何のためにあるのか。 私たちの脳は非常に省エネ出来ている。 オープンAIなどの人工知能の発展が目まぐるしいがああいったものを機能させるには電力などのエネルギーをたくさん消費

          37.抽象的に考えることの利便性

          36.身体が柔らかいと怪我はしにくいのか②

          前回の続きです。 ○可動域とは そこで可動域という言葉を再考したい。 可動域=関節の動かすことのできる範囲。 可動域は角度で表される。 わかりやすい所で言えば肩関節の屈曲可動域(バンザイの動き)は180°となっている。 さらにリハビリ業界においてはActive(自動的)、Passive(他動的)な可動域と分けて評価されることが多い。 Activeな可動域は神経系や運動制御の評価として重きが置かれ、Passiveな可動域は筋のタイトネスや関節への評価として行われる。

          36.身体が柔らかいと怪我はしにくいのか②

          35.体が柔らかいと怪我はしにくいのか①

          ○身体の柔軟性とは 「運動する前にはストレッチをしなさい」 「身体が硬いとケガをする」 「子供のうちは柔軟性を身につけるのが大事だ」 誰もが一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。また子供に対して伝えているのではないでしょうか。 単に身体の柔軟性というと舞踊などの動きの中での柔らかさから、多くの人がイメージしやすい開脚のような柔らかさなど様々な種類があります。 今回は誤解を避けるために「可動域」という観点から何回かに分けて柔軟性について考えていきたい。 ○怪我の

          35.体が柔らかいと怪我はしにくいのか①

          34.一年ありがとうございました

          今年最後の投稿になります。 いつも読んでいただいてる皆様ありがとうございました。 今年一年はある程度自分で選択しながら進んでこれた年だったと感じています。 去年は色々な事に振り回されて何が何だかわからぬまま終わっていた事を考えるとだいぶ余裕が出てきました。 その中で自分の将来像、近い未来何がしたいのか、それが社会に対してどんな影響を与えるのか。 そんな俯瞰的に考える事が増えた一年でした。 抽象的に何かを捉えようとする事で少し気持ちが軽くなったり、余裕が出てくるよう

          34.一年ありがとうございました