自分を好きになれない人の話

自分を好きになれない人の話

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ラーメン

深夜3時3分 1人でいつものラーメンをすすっている なんでもない日。 いつものとりあえずのキムチと Wこってり大盛りで。 大好きなバンドが大好きな曲を 発売したなんでもない日。 相変わらず常連になってしまい いつものおばちゃんが あら!と声をかけてくれる日。 今日ピヨピヨだった時代から 一人前までに育て上げた後輩が卒業する。 最後までお店は忙しくて クレーム対応してバタバタで そんな中でも目見て声を最後にかけてくれる。 「優さんがいたから」と うまく話せず、画

    • 号外

      なんで同じ話をいつもするの? 阪神は大熊っていう選手が 昔すごかったという話と 今年の先発は秋山が頑張ればいいという話。 会うたびにされるこの話に 「いつのシーズンの話してるんだよ」と ずっと飽き飽きしていた。 携帯電話を持つようになると 3日に1回はかけてくるようになった。 特になんの用もない 「元気か?」という電話に その当時の自分は意味を知ることができず だんだんと電話に出なくなった。 大学生になって一人暮らしを始めた。 1か月に1回は会ってたり、 お寿司食べ

      • 「生き様」

        やってよかったという 感動こそが生き様だ。 たいして仲良くないけど まだインスタだけ繋がってる知り合いも めっちゃ仲良いのに なぜかライン知らない友達も 仲良かったけど もう何年も会ってないあいつも 頑張ってたけど やめてしまったあの女の子も 何にもできないのに ただおだやかで人柄が本当に素晴らしいやつも 仕事めちゃくちゃできるのに 周りと話すのが苦手なあいつも ちゃんと会う場所を作る必ず。 全員大好きですとか みんな仲良しこよし頑張ろうとか そんな綺麗なこと

        • 花火

          変化に弱い人間。 極度の恒温動物である。 いつもついていけない。 置いてきぼりにされる。 あいつに会えなくなったこと。 あの企画が終わってしまったこと。 どれも悲しくてただ苦しくて。 一言で表せない。 許せることも増えた。 譲れることも増えた。 できることも増えた。 でも 無くなったこともたくさん増えた。 鮮明にどれも思い出せるわけではない。 でもあの居酒屋も合宿も無人島も すごく大切で大事だったことは覚えてる。 みんな頑張ってるなぁと凄いと思いつつ 同じ集ま

        ラーメン

          5時55分 いつも朝勤は家を出る時間を決めている。 眠たい目を擦りながら 100dBの目覚まし時計を叩いて起きて 準備して、急ぎ足で革靴に履き替えて、 プレイリストのシャッフルボタンを押して 1曲目がその日を彩る。 「らしくないなぁ」という 1行目の歌詞に心震わせられる。 自転車に乗りながら 以前の出張の話を考えていた。 まだ寒く空気が冷たかった頃 たった90分の為だけに 大阪オフィスに呼び出された。 店長副店長ばかりがいる中、 まだまだ未熟な自分が呼ばれていいの

          脊髄骨折

          脊髄骨折。 「入院してください」と言われた。 10メートルキッカーで背中から打ち、 でも仕事は絶対に休めないと思って インストラクターを続けている。 働く時間以外はずっと座って みんなに滑らないの?って声かけられて 今日はちょっとコンディション悪くて、。 を毎日続けている。 入院することは自分は何もできないと 言われるみたいでとっても嫌だった。 行動しないことは昔から自分にとっての 「死」を意味する。 コロナの時も足の病気の時もそうだった。 昔からただ何かに取り組

          脊髄骨折

          甘え

          大嫌いな東京に旅をしにきた。 多すぎる電車。当たると舌打ちされる世界線。誰とも目も合わせない街通り。競争が激しすぎて押し売りになっている服屋。どこにでもありそうな東京限定と書いているラーメン屋。 1人で下北沢の古着屋をウロウロして 特に何が欲しいとかもなく、 歩き疲れて階段に座り込む。 あてもなく、行きたいお店もない。 食べたいものも、見たいものも この東京という街にはなかった。 食べたいものとかないの? 見たいものとかないの? 行きたいとこないの? 昔、旅行中に

          甘え

          「刺激」対「退屈」

          刺激がないと退屈で 退屈だと刺激が欲しくなる。 この言葉の周りをぐるぐる うろついて、 わからなくなる。 中学の頃周りに合わせて 必死に受験勉強頑張った。 自分なりに。死ぬほど勉強した。 「大人がこれだけゆうんだから 一回ゆうこと聞いてみよう」 と思って、いざ入ってみたら その高校には何にもなくて。 ただ社会に必要のない勉強を繰り返すばかりで。 良い大学、良い社会へ行くことしか 先生も周りも考えてなくて。 そこで自分は勉強するのをやめた。 ちょっと違うか。 高校の

          「刺激」対「退屈」

          野球ノート

          草内グラウンド 対男山アルファー戦 5回裏1アウトランナー満塁。 1対1の同点。 1ストライク2ボール。 打席に立って、サインを見るが、 なんとなく分かる。 ここぞという時,監督はいつも自分には スクイズではなく、打てのサインを出す。 その後、母の方をみる。 いつもの構えをするんやで。 そう言っている。 ピッチャーはセットポジションから ランナーの方を一度見て ボールをこっちに投げてくる。 外角高めに来た球を打ち返すと ボールはセカンドの頭上を越えた。 そのまま点

          野球ノート

          東京

          この街が好きだ。 それは、きっと生まれた時から。 うるさすぎず、田舎すぎない。 夜になると綺麗な照明が照らされ、 駅前の公園で誰かがアカペラの練習をしている。 ちょっと不味いラーメン屋があって、 高校生が出入りするサイゼリアがある。 少し離れると、大きな河川敷があって、 夏には打ち上げ花火が見れる。 何ができるってわけじゃないけど 落ち着く。誰かに会える。 この駅には想い出が多い。 また1人この街から 東京へ行く大好きな友達がいる。 何人目だろうか。 あの代表も

          東京

          「誰かがいた」

          副監督から一本の連絡があった。 「優に動画を作ってもらうか、有料のプロに頼むかのどっちか」 自分はプロでもなんでもなく、 その辺に転がっているアプリで 動画を作ることをしてきた。 パソコンでちまちまする作業が 大嫌いな自分を 突き動かしていたのは 「ワクワクさせたいという気持ち」と 自分の中から生まれる「アイデア」だった。 頼まれるのであれば、 前代未聞の今まで誰も見たことがないようなものを作ろう。 そう決めていた。 著作権が引っかかるなら もう音楽だって作ってや

          「誰かがいた」

          終わりの始まり

          何かが欠けている。 TABIPPOの音楽も、ノートも スタバの写真も引き継ぎも 未完成のまま。 みんな終わりがあるのに始める。始まる。 何とも不条理なもので、儚いもので、 よくわからないもので。 きっと苦手なんだろう。 いや絶対にだ。 バレないように、知らないように、 される方がずっと良い。 まだ夢を見ている。 夢を叶えた人間は諦めるなと言い 夢を諦めた人間は諦めろと言う。 刺激がないと退屈で苦しくなる 怒涛の日々は窮屈で苦しくなる 何もない一年はきっと何かや

          終わりの始まり

          なくならないうちに。

          記載は2021年12月13日 「なくならないうちに」 来週はまた別の120人規模のイベントの運営がある。その次の日には資格のテストが待ち構えている。 こんなことを書いてる時間はない。 それでも。 残さなければならないものがある。 こだわり続けた0.2という数字。 2020年11月15日 たった2人が5点満点中4点だった。 これだけミーティングをしても 前代未聞のことをしても 足りないのか。 弱かったのか。 勝てなかったのか。 何度も自分に解いた。 合宿にはなんと

          なくならないうちに。

          「21→22」

          「大人」とは「考え方や態度が成熟している人」って辞書にあるけど、思春期の頃の僕から見た大人は「考え方や態度が硬直している人」に見えた。 誰かがツイートしていた文面に とても共感した。 あと数時間で22歳になる。 「大人になれば、大人なら、大人はこうだ。大人なんだから」 幾多のイベントを運営してきて、 その大人に押しつぶされたことがある自分は その言葉がいつしか大嫌いになっていた。 大人になった友達は 離れた場所にやりたい仕事を見つけて、 就職を決めた。 大人になった

          「21→22」

          わからないまま。

          わからないまま。 こんな決意表明があっていいのかは わからない。 ただあの時決めてしまった約束とか、 なんかよーわからん誓いとか、 そん時感じてたこととか、自分とか、応援してくれている周りとかを裏切りたくないだけ。 そんな理由があっていいのかはわからない。 ただやらなければ後悔する。 やるべきだ。そう思っているだけ。 何が原動力になるかは きっとこれからわかる。 バックパックフェスタが終わった日 思い通りに後悔した。 できなかったこと。やりたかったこと。 たくさんまだ

          わからないまま。

          「緑」

          どんな場所もサービスについて考えるようになったのはいつからだろう。 くら寿司のびっくらポンが当たらず、怒鳴り散らかす厳格な祖父や、 眼鏡市場で怒り、手土産までもらってくる父。 いつも家族が大好きな自分だが、その時だけ異様な違和感を得たのを はるか昔にも関わらず、鮮明に覚えている。 コーヒーが好きだった。 空間が好きだった。 たくさんの「好き」が募る場所に 中学の頃、一目惚れのような感覚に襲われた。 初めてするバイトはこの時から決まっていた。 願いは制度により叶わず、様々な

          「緑」