【第25回】男女分業社会、北欧 「やりたいこと」の性差(3)
職業選択の男女差
前回と前々回では、なぜSTEM(日本で言う「理工系」)と呼ばれる分野には男性が多く女性が少ないのかを考えた。そして、この偏りは究極的には「(平均して)男性は『物』も含めた『無生物』全般にかかわることに惹かれ、女性は『人』も含めた『生物』全般にかかわることに惹かれる傾向がある」という「興味の性差」によってもたらされているのではないか、と結論づけた。今回からは、STEM系か否かに限らず職業選択全般においての男女差について考えてみたい。
世の中には男性の従事者が多い職業もあれば、女性の従事者が多い職業もある。例えば自動車整備工や電気工事士やトラック運転手には男性が圧倒的に多く、看護師や介護士や保育士には女性が圧倒的に多い。日本では「これは人々がまだまだ性役割にとらわれているからで、もっと男女平等意識が高い国では様々な職業で男女比は半々に近づきつつあるはずだ」とイメージされがちである。しかし実際には、男女平等先進国とされる国であっても業種ごとに男女比は大きく偏っている。
実は男女でしっかり分業してるアイスランド
前回とりあげたProf.Nemuro氏の以下の記事では、ジェンダーギャップ指数1位のアイスランドについて検証されている。
アイスランドは2009年から2021年までジェンダーギャップ指数(Gender Gap Index:以下、文脈に応じて「GGI」と表記)が13年連続1位であり、世界でもっとも男女平等な国として名高い。ならば多くの分野で男女比はほぼ半々なのでは、と思うところだが全然そんなことはない。
上の記事にあるアイスランドの「産業別就業者数」のグラフ(出典はアイスランド統計局のデータ)を見ると、人数が男女どちらかに偏った業種がいくつもある。グラフでは業種名が英語のまま表記されているので、私なりに日本での名称に翻訳してまとめると以下のとおりである。
・建設業 : 約9割が男性
・農林水産業 、電気・水道関係 : 約8割が男性
・製造業、採掘・採石関係、情報通信(IT)、運輸・倉庫業 : 約7割が男性
・行政、教育、健康・福祉関係 : 約7割が女性
(割合だけでなく就業者数においても女性が圧倒的に多い。女性の全就業者のうち半数くらいはこのカテゴリーに含まれる)
・卸売り、小売り、自動車やバイクの修理業 : 男性が約6割、女性が約4割
(この3業種がなぜ同じカテゴリーなのか不明だが、おそらく「小売り」の部分が女性の割合を引き上げていると思われる。仮に自動車やバイク修理業者の4割が女性なのだとしたら、そこは日本より女性割合が相当高いと言える)
同じくしっかり分業してるフィンランド
上の記事では、アイスランドと並んで男女平等先進国として評判の高いフィンランド(2021年のGGIは2位)の「産業別就業者数」のグラフ(出典はフィンランド統計局のデータ)もある。こちらの方が項目がやや詳細であり
・建設業 : 約9割が男性
・運輸・倉庫業 : 約8割が男性
・製造業、電気・ガス・空調・上下水道・廃棄物処理等のインフラ関係、農林水産業、採掘・採石関係、情報通信(IT) : 約7割が男性
・健康・福祉関係 : 約8割が女性
(割合だけでなく就業者数においても女性が圧倒的に多い。女性の全就業者のうち3分の1くらいはこのカテゴリーに含まれる)
・教育、宿泊・飲食関係 : 約7割が女性
・行政、防衛、社会保障関係 : 約6割が女性
(おそらく行政、社会保障関係には女性が多く、防衛には男性が多いと思われる)
・卸売り、小売り、自動車やバイクの修理業 : 男性が約6割、女性が約4割
(アイスランドと同じく内訳が不明なので、なんとも言えない)
同じくしっかり分業してるスウェーデン
上の2か国と同様、男女平等先進国として有名なスウェーデン(2021年のGGIは5位)でも男女比が著しく偏った業種が多い。何度もお世話になって恐縮だが、スウェーデンについてもProf.Nemuro氏が以下の記事で大変わかりやすいグラフ(出典元はスウェーデン統計局のデータ)を作成している。
この記事にある「スウェーデンの男が多い職業」というグラフを見ると
屋根職人、床材職人、配管工、大工、レンガ職人、建設作業員、電気設備の設置・修理、金属加工、溶接工、機械工、養殖・漁業、職業軍人、採掘、大型トラックやバスの運転主、塗装工、煙突清掃員、港湾労働者、の9割以上が男性であり、木材加工業、家具職人、廃品回収業についてもほぼ9割が男性である。
一方、「スウェーデンの女が多い職業」というグラフを見ると
・歯科衛生士、保育職、獣医助手、パーソナルケアワーカー(日本で言う「社会福祉士」?)の9割以上が女性
・看護職、美容師、美容関係のセラピスト、介護職、社会福祉関係の相談員、事務補助や秘書、理学療法士、作業療法士などの8割以上が女性
・ヘルスケアアシスタント(日本で言う「看護助手」?)、獣医、清掃員、ヘルパー、専門秘書などの7割以上が女性
であり、驚くほどきっちりと性別による分業が行われている。このことはブログやnoteで明晰な社会批評を展開しているKY(noteでのアカウント名は「ショーンKY」)氏も指摘している。
総じて、ジェンダーギャップ指数が日本よりはるかに上位の北欧諸国においても、日本で「男の仕事」とイメージされる職業の多くはそのまま「男の仕事」であり、日本で「女の仕事」とイメージされる職業の多くはそのまま「女の仕事」なのだ。
女性就業者の半数近くが公務員という北欧社会
にもかかわらず、北欧諸国がジェンダーギャップ指数上位を独占し続けているのはなぜだろうか。それはこの指数が政治・経済分野で女性がどの程度意思決定に関わっているかに重点を置いた指標だからである。この「意思決定できる立場にある女性割合の高さ」と「性別による分業」は両立可能なのだ。というか北欧の場合、性別による分業を行っているからこそ管理職など指導的立場に女性が多いのである。
先ほどのProf.Nemuro氏による『アイスランドの見せかけのジェンダー平等』という記事では、アイスランド、フィンランド、ノルウェーそれぞれの「セクター別就業者数」のグラフも掲載されている。これを見ると、どの国でも男性の約8割が民間企業に勤務し、女性の4割以上(アイスランドでは5割以上)が中央政府・地方政府・非営利団体といった公共部門に勤務していることがわかる。
つまり、これらの国では教育、医療、社会福祉等を担う公共部門に非常に多くの女性が勤務しており、そうした組織では当然女性の管理職も多くなり、したがってGGIのメインインデックスの一つ「経済部門での参画と機会」でも高いスコアが得られるのである。
女性就業者の4~5割が公務員というのは驚きの数字だが、よく知られているように北欧諸国は「大きな政府」思想の元に国家が運営されており、公務員の数が極端に多いのだ(2015年での雇用者全体に占める公務員割合を国際比較したグラフを見ると、日本が5.9%、OECDの平均が18.1%なのに対して北欧諸国は約25~30%〈1〉)。
スウェーデンについても構造は同じである。先ほどのKY氏の記事にあるグラフを見ると、民間企業勤務者の約6割が男性、公共部門勤務者の約7割が女性である。これについてKY氏は次のように評している。
アイスランドはなぜ最強なのか?
アイスランドがジェンダーギャップ指数において際立って優秀である理由については、以下のRadert氏の記事でとても詳しく解説されている。
詳細は記事本文を読んでいただければと思うが、ポイントは2つある。1つ目はアイスランドが「半大統領制」と呼ばれる政治体制を採用している点だ(Radert氏は「二元主義型議院内閣制」と呼んでいるが、本稿ではより一般的な「半大統領制」という用語を使用する)。
これは
・直接選挙で選出された大統領
・議員内閣制の元で議会から選出された首相
が両方存在する政体で国家元首が2名いることになる(どちらがより大きな権限を持つかは国によって異なる)。
GGIのサブインデックスには「(過去50年における)国家元首の在任年数の女男比」という項目があるのだが、半大統領制を採用している国に関しては、どういうわけか「女性が大統領を勤めた年数」と「女性が首相を勤めた年数」がそのまま二重にカウントされる計算方式が採用されているのだ(具体的な計算式についてはRadert氏の記事を参照)。
これは国家元首が1名の国からすると不公平な算出法なのだが、とにかくそういう方式がとられており、それゆえ半大統領制をとるアイスランドは相当有利なのである。
2つ目は専門職・技術職に女性の方が多く、また高等教育の就学者数でも女性の方が多いという点だ。2020年のGGIレポートにおいてアイスランドは
・「専門職・技術職の女男比」 女性55.6:男性44.4
スコアは 55.6 ÷ 44.4 = 1.2522… ⇒ 小数点以下切り捨てで満点の1.000
・「高等教育就学率の女男比」 女性94.4:男性50.6
スコアは 94.4 ÷ 50.6 = 1.8656… ⇒ 小数点以下切り捨てで満点の1.000
で、どちらも世界1位である(といっても、どの国のスコアも1.000以上の場合は小数点以下切り捨てなので同率1位の国がいくつもある)。「専門職・技術職」は女性の方が11.2ポイント多く、「高等教育の就学率」(「高等教育」とは大学以上のこと)は女性の方がなんと43.8ポイントも多い。
「これは男女平等というより、むしろ男性の方が不利な社会なのでは?」と思うところだが、GGIというのは「ある項目において女性の比率がどれくらいか」のみを表す指標なので、女性が半分以上を占めていれば自動的に(1.000以上になり)満点となる。男性がどれほど冷遇されていてもスコアが下がらないのだ。同時に、大卒者の大半が女性なので議員になる人材も豊富であり、「国会議員の女男比」「閣僚の女男比」においても高スコアを得られている。
ではアイスランドの男性は不遇なのかと言えば、必ずしもそうではない。アイスランドは人口約36万人(!)の小国でありながら、漁獲量は日本の3分の1もある漁業国家である。漁師になると年収1000~2000万円くらい稼げるらしい。男性には、大学に行かなくとも漁師や水産加工など漁業関連の肉体労働に就いて高収入を得る道があるのだ。
アイスランドという国は、大まかに言って、男性の多くが高卒で肉体労働・現場労働に就き、女性の多くが高等教育を経て公的機関に勤めたり、専門職や技術職になったり、ケアワーカーになる、という役割分担によって成り立っていると言える。
この傾向は北欧全体に見られ、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーでも、「高等教育就学率の女男比」については女性の方が(2020年のGGIレポートで)15~30ポイント以上も多い。北欧は見方によっては日本以上に性別による分業が行われている社会であると言え、そうであるがゆえに(一応数字上は)男女平等が実現されているのである。
〈次回に続く〉
注
〈1〉不破雷蔵『公務員は多いのか少ないのか、その実情を国際比較でさぐる』2018.2.14
https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20180214-00081602
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