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シェルカウイ: 踊りで命を救われた男が、踊りで世界を救おうとしている

シェルカウイ 踊りで世界を救う、41日の闘い」というドキュメンタリー映画を観ました。

2015年に公演された、"Fractus V(フラクタス・ファイブ)" の稽古初日から公演初日までの舞台裏が描かれています。
※フラクタス=破片


シディ・ラルビ・シェルカウイは、伝統芸能、漫画、武術を取り込みジャンルに囚われないスタイルで、世界中からオファーが絶えない振付師・演出家・芸術監督。名前を聞いてもピンとこなかったのですが、2年前に再演された「プルートゥ PLUTO」(浦沢直樹×手塚治虫の漫画「PLUTO」の舞台化)の演出・振付をした人と知って、これは!と思いました。

それまでに観たことのない、独創的で美しい舞台は今も強く印象に残っています。

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このドキュメンタリー映画は1時間弱のものですが、とても深く心を動かされたので紹介します。


映画は、シェルカウイの故郷ベルギーのアントワープ空港に降り立った彼の登場から始まります。

公演は、5人のダンサーと3人の音楽家が出演する"Fractus V(破片5つ)" 

・ダンサー アメリカ
・ダンサー ドイツ(ヒップホップ)
・ダンサー フランス(南仏のフラメンコ)
・ダンサー フランス(サーカスのフロアダンス)
・ダンサー シェルカウイ
・音楽家 韓国(民族音楽)
・音楽家 日本(民族音楽)
・音楽家 インド(民族音楽)

シェルカウイ本人もダンサーとして出演しますが、他の7人は「僕がなりたい人たちを集めた。新しい自分をつくりたい」という理由で各国から集められ、ダンスは西洋、音楽は東洋という構成。

それぞれが表現者として一流で、伝統も背負った人たちの際立った個性の集まりです。この構成の目的は、

これまでの自分を一度破壊し、異質な文化を受け入れる
その先に果たして何が生まれ出るのか


西洋と東洋をぶつけ合わせること。中でも、スペイン 発祥のフラメンコを踊るファビアンと、日本の和太鼓を演奏するショーゴのぶつかり合いは激しくて、どちらも引かない伝統と伝統の対決の場面からは、二人の苦悩が痛いほど伝わってきます。

英語をほとんど話さないフランス人のファビアンとのコミュニケーションは、身体で語り合うこと。彼の動きと呼吸をよく見て、感じて、タイミングを合わせようと試みるショーゴ。でも合わない。


「テンポが合わない タイミングが合わない」
「合図を出してくれ」
「どっちが合わせる?」
「やろうよ、とにかくやろう」
「3カウントから遅くなるフラメンコと、ずっと同じテンポの和太鼓」
「ファビアンが音をちゃんと聴けばいい」
「コンテンポラリーフラメンコに、オリジナルのアクセントをつけてくれ」
「僕と息を合わせて欲しい」
「カウント方が違うんだ」
「般若心経のここをカットしてくれ、みたいなことなんだ。怖い」
「このままだと音が壊れてしまう」
「ならもう演奏できない。そんな太鼓を打てる人は日本にはいない」

こんな言葉が交わされ、途中まで間に入っていたシェルカウイがついに舞台を降りてしまいます。


楽譜に存在しない世界観、そこに有機的なつながりを求められます。二人の葛藤は続きます。


そんな重苦しく緊張感漲る場面は一転して、シェルカウイの生い立ちの話になります。お父さんはモロッコからの移民でイスラム教徒。お母さんはベルギー人でカトリック教徒。そんな二人が出会って家庭を築きました。

幼いころのシェルカウイは、"皮膚がない人間のように感じ安すすぎて、壊れやすかった"そう。そして、"精神をコントロールする方法を見つけないと生きられなかった"と。

移民の子として差別、偏見、そして押しつけの観念と闘っていた彼は、学芸会で初めて人前で踊った時に「これだ!」と思ったんだそう。踊りが僕を強くしてくれた、救われた、と。

それから、彼は植物が好きだといいます。自然の静かな営みの中に創造性を感じるからだと。「骨が折れて治ると以前より強くなる。より強くなるために一度壊したかった」彼のこの言葉に共通するものを感じます。


シーンは舞台裏へと戻り、台本なしで即興で生み出されるアイデアたちと、それらを録画して構想を固めていくというやり方が映し出され、バラバラだった17種類の踊りがひとつにつなげられ、日を重ねる中、いよいよ踊りが語り始めます。

この公演は、思想家チョムスキーの言葉がインスピレーションになっていて、

権力者が人々を操作するとき、暴力ではなくマインドコントロールで操れると気がついて、イギリスとアメリカが暴力ではなく情報で人を操り始めた。
その後、ドイツや他の国々も真似した。

そしてここから、シェルカウイは現代についてこんな疑問を抱き、投げかけます。

情報を鵜呑みにして、信じ込んでしまう狂信者がいる

あなたが忙しい1日の仕事を終え、帰宅した夜、テレビをつけ、こう言う。
「今日の話題はこれだな」新聞の見出しを読んで、スポーツ番組を観る。
それこそ洗脳システムというものだ。もちろんそこに真実はない。
真実を探すためには、努力が必要なのだ。

今見ている世界は真実の世界なのか?


折しも2015年は、欧州難民危機でシリアなどからヨーロッパに流れる移民の人たちが大きなニュースになっていました。
移民は危険という報道で彼らに対して違和感を覚える人々。そんな中、浜辺で溺死したシリアからの移民の男の子の写真が大々的に取り上げられ、それまで難民の受け入れを拒絶していた人々が、一転受け入れ態勢に変わりました。この人たちを救わねば、と。


一連の出来事を目の当たりにしたシェルカウイは、「男の子の報道がなくても心を寄せて彼らを受け入れなければならない。人々が怖い、情報を鵜呑みにした人々が。でも人間はもっといい方向に進めるはず。もっと目を開いて現実を見ろ」と言います。

公演でシェルカウイが言いたいことと見事に重なる現実。そして、「あの子の死を無駄にしない」と続けます。


公演まであと2日となった時、再びショーゴとファビアンのシーンが映し出されます。

プライドとプライドがぶつかり合って、破片になってしまった 2日前。歩み寄るタイミングをファビアンが探します。そんな時に、韓国人のウージェが助け舟を出して離れていた二人をつなげてくれ、「ぼくの英語が...ごめんね」そう言って、それまで積極的に話さなかったファビアンは、一生懸命自分の考えを英語で伝えます。

ショーゴは身体全体を使って、ファビアンを理解しようとしてタイミングを合わせます。他の二人の音楽家も静かに楽器を演奏して、ショーゴとファビアンを応援します。

「今のいいね、もう一回やろう」
「すごくよかったよね」
「よくなっているよね」
「ありがとう」
「我慢してくれてありがとう」

伝統を背負いプライドを持ちながら、模索して、新しいものを創り出そうとする真剣なやりとり。そして彼らを見守る周りの暖かさに私は号泣してしまいました。素晴らしい創造のシーンでした。

ようやく着地点が見えた後、握手するふたり。ファビアンは他の音楽家とも握手をして笑顔になります。


自らを壊す苦悩の先に、新たな呼吸が生み出された。
肉体で理解できたとき、快感以上のものを得る。
仕事の上でも人間的にも素晴らしい贈り物。

シェルカウイは僕たちを信頼してくれたんだ。
(ファビアン)
ちっちゃい地球がここにある気がする。ディスコミュニケーション。
とても意味があること。
(ショーゴ)
あえて自分を居心地の悪い環境に置くことで、ものの見方を変えるように仕向けている。
でも怖い、まだ迷っているし、自信がない。でもやり続けるんだ。

成長するには、自分の習慣で作られた危険な泡を壊さなくてはいけない。
それを可能にするのがアート。
アートは継続的にシステムを壊すように仕向けてくれるもの。既存のシステムに頼りきると成長を止めてしまう。成長を止めると、死を迎えるしかない。
(シェルカウイ)


移民としてモロッコからベルギーに来たお父さんは、誰ともつながろうとせずにもがいていたんだそう。だから人は変わり続けなくてはならない、と強く感じているシェルカウイ。


苦悩と葛藤の日々を経て、初演のシーンに移り変わり、お経・祈り・マントラ・木遣歌のような不思議な音を8人が奏で、舞台は幕を開けます。

固定概念が生まれる前の原始の世界から始まる
笛、琴、太鼓の音

人類が創り出した秩序で暴力が生まれる
今見ている世界は真実か

自分を壊す、それは苦しいこと
自らを壊される恐怖を味わい抜いた軌跡を、ファビアンとショーゴが熱演

しかし世界は変わろうとするものを許さない
今、この世を救うために戦うべき相手は、目の前の敵ではなく、自分自身ではないか

時には自分の考えを解き放って、真実を見ることが大事
自分の中で壊されるのが何であれ、それは革命の時

フラクタスは壊して解放するもの
同時に壊した自分を受け入れるためのもの

現状に不満を言うのではなく
とにかく新たに築くこと

こんなナレーションと共に、独創的で美しく、また深く考えさせられる素晴らしい舞台が映し出され、

一度壊した破片で新たな世界をつくる、彼の挑戦
革命はこの舞台から始まる

こんな言葉で締め括られていました。


舞台裏の表現者たちの有り様、同じ時期に起きていた欧州での出来事、そしてこの作品のテーマ。色々なことがシンクロした、奇跡の軌跡を観ることができました。


最後に、プルートゥで主役を演じた、私の大好きなダンサー森山未來くんがナレーションを務めていることもまた、この映画を特別なものにしてくれました。


Fractus V


Pluto


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