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得手に帆を揚げる #シロクマ文芸部

 文化祭のポスターを作っていたS校文芸部、鬼の副(部)長は物憂く顔をあげた。窓の外では酷暑と呼ばれた夏が未だ猛威を振るっているが、図書室と部室である図書準備室の中は快適だ。
 貴重な夏休みの最後の一日を惜しみまくったのか、暑すぎて外に出る気がしなかったのか、呼びかけても部員は誰も登校せず、部長は受験前最後のデートだからとさも当然のようにディズニーシーに出かけて行った。

 シーかよ――。

 まあいい。自分は夏休み最後の一日まで宿題の終わらない彼女から愚痴を聞かされただけだがまあいい。

 文化系部にとって、文化祭はまさに花道。
 ここで頑張らなくてどうする。ここで輝かなくてどうする、と1年で最も力が入る学校行事だ。
 当然、文芸部もイベントを開催する。盛大なイベントを――と言いたいところだが、ご想像通り毎年地味だ。

 コツコツ書いてきた小説や詩を所収した部誌を文化祭特集号として発行し、それを書店のように平積みに並べる。自分の推し作家、推し詩人の本をディスプレイしてポップを付ける。図書室は学校や生徒会のパネルディスカッションなどのイベントにも使われるので、それらに来てくれる人がちらりと眺めていくのを期待するだけのイベント。まれに手に取って持っていく人がいて、あのひと俺の作品を読むかなと思いながら書架の裏から眺めているイベント。

 しかし今年の文化祭はひと味違う。
 部長の大牧おおまきが川むこうのN高文芸部の一条部長とつき合い始めてから、両校文芸部の交流は確実に活性化している。互いの文化祭はお互いの足りなかったところを補完する絶好の機会だった。
 今年は、2校合同でイベントを開催することにしていた。今までにない画期的なことだが、そのぶん、試行錯誤がつきまとう。

「えーだからですねぇ、その構図だと、うちが目立たないんですよ」
 N校文芸部副部長、越野こしの夏梅なつめが口を尖らせた。
 実はさっきからずっといた。鬼の副部長が物憂いのはそのせいもあった。
 そういえば鬼の副部長の名は立木たちぎ総司そうじという。思春期に新選組にガツンとやられて歴史研究者になってしまった母親が産休に入り、息子の名前を「歳三」にしようか「総司」にしようか悩んでいるうちに当時放映中の『仮面ライダーカブト』の主人公が天道総司だったので総司になったという微妙な経緯があるがそれは今は関係ない。
「そういわれましても。うちの文化祭なんで」
 立木がそう言うと、越野は腕を組んだ。
「まあそうなんだけど、うちらはその次の週だし、ポスターも合同で作りましょうって言ったのはそっちでしょ。やっぱ宣伝したいじゃないですか。うちの部長はいつも本で顔隠してますけど、あれで広報活動には熱心なんで、こういう時こそ宣伝したいわけですよ。部長からも”得手に帆を揚げよ”、この機会を逃すなと言われてますから」

 お暑い中ご足労くださったのは有難いのだが、さっきからダメ出しの連続なのだ。
 立木は越野の名前が書いてあるメールを初めて見た時、「越乃寒梅」に似ていると思った。父親が日本酒好きなので、越乃寒梅の一升瓶が家に飾ってある。彼女の顔を見るとついその一升瓶を思い出す。
「なんかもっとこう、ひとりひとりの個性が出るような感じがいいんだけどな――」
「ああ、じゃあ、名前とか人物から連想するアイコンを配置したら」
 越野の顔を見ているうちになんとなくそんな気持ちになってそう言うと、彼女は「いいねそれ!」と飛びついた。
「そちらの大牧部長はあきらかにクマだよね、クマ。特にシロクマ」
 越野は嬉しそうに言った。ずっとそう思っていたのだろう。そしてそれを誰かに言う機会を狙っていたのだろう。そんな勢いだった。
「そちらの部長は”扇”ですね」
 立木が言うと、あはは、そうだね、十二単が似合う感じ。と越野は笑った。あなたは一升瓶ですねとは言えず口ごもる立木に、
「立木くんは、やっぱあれ。鬼の副部長だけに和泉守兼定いずみのかみかねさだじゃない?あのままでいいよね、あのままのキャラで」
 和泉守兼定いずみのかみかねさだが日本刀で、土方歳三の最後の刀だったのは知っている。「燃え剣」を読んだ。そして「キャラ」というのも理解した。母親が大学で研究しているのは、「新選組の文化における受容の変遷」だ。それを言い訳にして母はR18のあのゲームにハマっている。仕事と趣味と実益を兼ねているらしい。

 なんと返せばいいか絶句していると、立木ぃ、俺は人間をやめるぞぉ!と誰かが図書準備室に入ってきた。アニメ研究会の部長、南丈みなみじょうだ。
 同級生で、まあ親友と言ってもいい南には「今日たぶん一人作業だから手伝いに来い、高額ポケモンカードを進呈する」と伝えてあった。

 南は越野に気づき、ソドムの街を振り返ったロトの妻のように塩の柱と化した。生粋のオタクである彼が、生身の現役女子高生に接近するとすれば、ファミレスでたまたま背中合わせに座るとか電車で近くに立つとかそれくらいのことでしかない。ましてや、会話をや。
「南。待ってたよ」
 そう声をかけたが、人間をやめる宣言で入ってきただけに、羞恥心から塩の柱の男は微動だにせず、越野からわずかに視線を外して冷や汗をかいている。
「こんにちは。N校の文芸部から来ました」
 さすが共学、越野はそつがない。
「あ。あ。ど、ど、ども」
 なんとかそれだけ言うと、くるりと踵を返して出ていこうとした南の背中に、「なあ、和泉守兼定いずみのかみかねさだってキャラ?」ときくと、南はそのまま踵を返して振り返ったので360度くるりと回った。
「刀剣乱舞の刀剣男子ですかな、それは」
「そうそう!よくわかったね。高校生で、しかも男子でわかる人あんまりいないよね」
 越野は嬉しそうに手を叩いた。南は塩の柱から生身に戻った。
 S校男子は言うほどみんなオタクではない。だがしかし写真や鉄道やサッカーやバスケや、好きなことはどんなことでも道を究める猛者が多く、S校ではそれらの人間を「極道者」と呼んでいた。
 南は学校でも、キャパシティが広い極道者として知られている。博識でその知識はアニメだけにとどまらない。将来は落語家になりたいらしく、親しい人の前や得意分野ともなればものすごく饒舌なのだが、極度に人見知りだ。唯一の欠点ともいえる。落研かアニメか悩んで、落研は大学で入ればいいからとアニメ研究会を立ち上げたと言っていた。いまのところ部員は安定的に増え続けているそうだ。

打刀うちがたな和泉守兼定いずみのかみかねさだ堀川国広ほりかわくにひろはセットですな。堀川は脇差で、土方組と呼ばれているようですな」
 さっそくドヤ顔で言う南に、よく知ってるなお前と驚きを隠せないでいると、ワタクシ、年の離れた姉がいまして、と南が言った。
「え、そうなの?私もなんだ、お姉ちゃん今年25歳なの」
「おおそうですか。ワタクシの姉も今年25歳になります」
「やっぱりお姉ちゃん、刀剣乱舞好きなんですか?」
「ええまあそうですな。ガチの審神者さにわですな」
 ガチ勢か!と越野は嬉しそうに笑う。
「お姉ちゃんはそこまではハマってないんだけど、私も話を聞いてるから詳しくなっちゃって。わたしがハマったなあと思うのは、あつ森。もう懐かしいくらいだけど、いまだにやってるんだ」
「おおお、そうなのですか。ワタクシも実はまだやっておりまして――」

 ふたりはめったやたらに共通点が多いようで、話が盛り上がって終わらない。延々と話し続けている。こんなに輝いている南の顔をこれまでかつて見たたことがあったか、いやない。
 立木はふたりを交互に見比べながら、そうか、俺は今度はこいつらをくっつけることになるのかもしれないな、と思っていた。
 1枚2,000円の値がつきそうなポケモンカードはもうやらなくてもいいだろう。

 そしてポスターは、いっこうに進まない。
 立木はまた物憂く窓の外を眺めた後、ポスターの原案の白い紙に一升瓶を書き加えてから、膝の上で笹井宏之の『えーえんとくちから』を開いた。

#シロクマ文芸部


 小牧さん、シロクマ文芸部の皆さん、今回も楽しく参加です。
 調子に乗って、S&N校文芸部の続編です。
 よろしくお願いします。

 【前のお話↓】

 鬼の副部長、どうやら周囲の人間をくっつけまくっているようです。
 無事に文化祭が終わりますように。










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