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煎り豆に花が咲く #シロクマ文芸部

 文芸部長の口癖は「文芸部たるもの恋愛せよ」だ。
 がしかし、部長に恋の気配は微塵もない。
 S校は中高一貫の男子校で文芸部には当然男子しかいない。中高一貫男子校は進学校であることが多い。S校も例に漏れない。
 中学受験前はオープンキャンパスで「S校の好きなところは?」「男子だけで楽しいところです」「S校の嫌いなところは?」「女子がいないことです!マジで!」という高校生の嘆きを耳にしながらも、説明の前半部しか耳に残らない謎の小学生男子理論で「女子なんていないほうがいい。男子校に行きたい」と言っていた小学生たち。耐えがたきを耐え晴れて入学したものの、皆中3からは一様に女子の不在を嘆く。なぜお決まりコースなのか。まったく謎である。聞いとけよ、小学生時代に。とはいえ思春期のテストステロンの作用と言うのはそういうものである。
 
 S校文芸部には「S校文芸部法度はっと」と呼ばれる恐ろしい掟がある。
 一つ、卒業までに短編、中編、長編をひとつずつ書く。
 一つ、卒業までに文芸部部誌の編纂に1度以上関わる。
 一つ、卒業年の文化祭までには、女性と1回はデートをする。
 後半まだくどくどと続くのだが、重要なのはこの3つなので後半以下を全部知っているものは少ない。とりあえず、文芸部は中1から高2まで合わせても常に5人ほどしかいないので、法度第二は確実にクリアされる。部誌の編纂は文化祭にあわせて行われ、5年間部に在籍する間に第一もたいていはクリアされる。
 問題は、当然第三である。
 これは男子校生にとっては地獄の関門と言える。しかも単にデートしましたという申告だけでは許されない。デートは必ず部員全員にオープンにしなければならないし、捏造は許されない。相手の女性の年齢職業は問われないが「母親」「祖母」と言うのはダメである。もしこの掟が破られれば切腹——は、しないが、文化祭で50人以上の女子生徒を図書室での展示に誘い、案内してこなければならない。SNSに女性のアカウントは母親くらいしか入っていない基本的にシャイな部員には地獄のペナルティだ。

 さて、部長は高校2年。時は7月。文化祭は9月だ。
 そもそも、なぜ法度の中に「デート」などという項目があるのかというと、大人しい文芸部員は外部に積極的に働きかけることが少ないし、内に籠りがちである、そんな自分の壁を打破せよということらしい。歴代部長の中には、リアルな女子と交際することが文芸の肥やしになると豪語するものもいた。
 今年の部長は常日頃「本の中に恋愛がある。本を読めば百戦錬磨だ」とうそぶいている。彼は大柄で、太っているわけではないが雰囲気が少し白熊に似ている。少し猫背で優し気な目をしており、決して出しゃばらないが頼りがいがある。男子高校生が特に不得意とする古典が得意分野だった。毎年、近くの寺で行われる百人一首大会で優勝している。着物にたすき掛けの姿はなかなかに凛々しい、のだが、現実の女子とは口をきいたことがない。
 そんな彼にも期限は迫っているわけだが、どうやら文化祭での声掛けを覚悟している気配が濃厚だった。
 
 S校文芸部には鬼の副長——いや副部長がいる。彼は文芸部には珍しく陽キャでイケメンであった。非常に真面目でもあるので文芸部法度は当然完璧に守っている。なぜか引きも切らず彼女がいる副部長は、焦っていた。このままだと、部長が「女子連行の刑」を断行することになるのは目に見えている。そうなると間違いなく、女生徒は来ない。文芸部に来ない。副部長がいくら彼女に懇切丁寧に説明したとて他校の女生徒に声をかけまくったらキレられるだろう。部長の肩代わりを申し出るわけにはいかないし、第一、それでは掟が意味をなさなくなる。
 JKが来ない。そんな世界、耐えられるかぁッ!
 それに――
 思うところもあって、副部長は一計を案じ、すでに布石は打っていた。

 時は遡って6月。S校の、川を挟んで向かい側にはN高校があった。県立の共学校で、近隣と言う理由でそれなりにS校とは付き合いがある。N校にも文芸部はあり、そこはなぜか、共学にも関わらず女子しか部員がいなかった。
 N校文芸部には悩みがあった。S校文芸部からの熱いモーションである。「ペア読しませんか」「ビブリオバトルしませんか」「座談会などどうですか」。月1回くらいはメールが来る。N校は共学なので悪いが男子は間に合っている。ここはひとつ、男子部員を増やして「男子間に合ってるアピール」をするしかあるまい、と考えていた。とはいえ、N校の男子は文武というよりは武に熱く、春夏高校野球でも毎年地区予選は突破するような学校だ。実際のところ、文芸部は全く人気がなかった。
 ところでN校文芸部部長は学年1位のとんでもない生徒だった。それが敷居を1段も2段も高くしているのは間違いない。というより、男子部員が集まらない理由は本当はそれかもしれなかった。秘伝の一子相伝速読術を会得しており、よわい16歳にして現国教員に引けを取らない読書量を誇っている。教員団からも一目置かれていた。天才というのは常人には計り知れないもので、彼女は某呪術学校の学園もの漫画の登場人物のように、自分の言葉はもはや言霊だといって滅多に文章を話さず、もっぱら「いろはがるた」のことわざで話す。しかも江戸・上方・尾張を取り混ぜるので通訳兼補佐役の副部長がいなければ、誰も意味がわからないのだった。
 
「部長!S校副部長からまたメールが来てますよ」
闇夜やみよ鉄砲てつはう(やみくもに声かけてもしょーもな)」
 本をまるで平安時代の扇のように使って、退屈そうに部長が言う。
「ほんとですよ。いい加減にしてほしいもんです。ん?」
 副部長は、そのメールが少々、これまでとは趣が違っていることに気づいた。S校の副部長の文面が、お誘いと言うより挑戦状に近い。
「月末、百人一首大会を開催します。当方には百人一首地区大会1位、大牧おおまき新助しんすけがおります。ついてはN校文芸部の一条部長殿に参戦願いたく――はあ?今、夏ですが?しかも正月でもないのになんで百人一首大会なんだろ」
 それを聞いた一条部長、やおら立ち上がった。もちろん口元は本で隠す。
連木れんぎ腹切はらきる(はあ?誰にもの言うてけつかんねん。ワシに勝つことなんか不可能や)」
「えっ?部長、なんか急にやる気が?なぜに?」
めくら垣覗かきのぞき(やってみないとわからんのだろう。無駄なことだが)」
 この部長、実は昨年の地区大会でS校文芸部部長、大牧新助に負けていた。大牧と一緒に大会に出た鬼の副部長はそれを知っていたのである。

 突然S校の申し出を受ける気になった部長に戸惑いながらも、N校文芸部はS校に赴いた。柔道部道場を借りて互いに対峙。このときもN校部長は本を扇のように使って顔を隠していた。
 『ちはやふる』を読み込んだ文芸部といえど、全員百人一首ができるわけではなく、部長対部長のタイマン戦である。
 このふたり、やる気が過ぎて正装している。着物である。
 学校の許可は取ってエアコンもついているが、暑さと、それからちょっと本が重くなったのだろう、N校部長が、本を顔から離した。と、その時初めて、S校部長大牧は気づいたのである。
 あ。この人、去年の大会のあの人だ――。
 百人一首の大会は高校の全国大会が7月に行われるが、残念ながら高校にかるた部がない個人では地区大会に出るのが関の山だ。その地区大会で、昨年たまたま対戦したのが彼女だった。べらぼうに払いや突き手が速く、その刺すようなスピードが印象的だった。

 時間が来て、鬼の副部長は序歌を読んだ。読み手はしたことがないのでネットで動画を観て見様見真似だったが、イケボなのでそれなりに皆「ほうぅ」となった。部長ほどではないが、一緒に大会に出るくらいだから鬼の副部長も百人一首には心得がある。読み手としてなかなかの腕前だった。勝負は互角に進み、ついにS校部長大牧の札があと1枚になった。
 N校部長は観念した。負ける。また負ける。悔しいが最後の最後でいつも負ける。残りの札は、自陣に3枚。敵陣に1枚。読まれる札によっては――
 結局そのまま大牧部長の勝ちとなった。
 N校部長は、がくりと肩を落とし、項垂うなだれた。
「地区大会、今年も参加しますか」
 大牧新助はN校部長に声をかけた。
「一緒に練習しませんか」
 女性に声をかけるのは小学校以来初めてとはとても思われないさりげなさだった。

 残念ながら文芸部がかるた部に、とはならなかったが、その後S校とN校の交流はそれなりに盛んになった。部長同士は一緒に大会に参加して以来、順調に交際に発展しているらしい。順調さは部長の言葉遣いで常に明らかになる。
 「実は知ってたんですよ僕。部長が去年N校の部長にひとめ惚れしてたこと。すんごい目が釘付けだったし。でもN校の人だって全然気づいてなかったですよね。逆にびっくりでしたわ」
 なんで言ってくれなかったんだよ、と照れ臭そうに大牧は言った。
「いや普通気づかない方がおかしいですよ。とりあえずN校との接点を増やそうと頑張ってたんです。あんまりわざとらしくてもアレだし、自然な形で再会するのがベストじゃないですか。結構気を遣いましたよ。僕も伊達に文芸部じゃないですからね。恋愛ものは読んで読んで読みまくってますからね」
 努力が実ってほっとしましたと言う副部長に、大牧は、
「まさに、煎り豆に花が咲く(ありえないことも起るもんだ)、だな」
 と、言って恥ずかしそうに笑った。
 その様子が白熊のようで可愛い、と、鬼の副部長はこっそり思った。

 
#シロクマ文芸部
 

 


 こういうところに着地するとは思わなかったな、というお話になってしまいました。笑
 百人一首の大会はお正月や冬のイメージがありますが、実は毎年7月。しかも高校生の全国大会は滋賀県大津市。なぜと言ったら、大津市にある近江神宮には、小倉百人一首の巻頭を飾る「秋の田の かりほの庵の 苫を荒み わが衣手は 露にぬれつつ」を詠んだ天智天皇が祀られているからなのですね。実は『ちはやふる』もちゃんと読んだことが無くて、「かるたの聖地」のことは知らなかったです。書きながら勉強になってしまいました。楽しかったです。笑

 それと書きながら、タカミハルカさんの文芸部のお話が頭から離れず。こちら最高に面白いエッセイなのでみなさまぜひ~。

 
 

 

 

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