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シュール

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吉田図工のシュール作品です
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#ホラー

【ショートショート】April eve

はじまりは3月31日の早朝。わざわざ速達で届いた封書だった。 赤字で「重要」と印字され、差出人は日本政府、しかも内閣総理大臣の名前まで連なっており思い当たる節もなく戸惑いながら封をきった。 「なんだこれ」思わず声が漏れた。 『貴殿を我々と同じ未来にお連れすることが不可能となりました』 仲の良い友人ら数人におかしな封書の内容を連携した途端、身を案ずるメールが鳴り止まなくなった。 友人の1人である小林からわざわざ電話があった時に、こんな手の込んだことをするのはこいつかもしれな

【ショートショート】I4D

ある年配の男は、自身の孫とそう変わらないであろう若い役場の担当者にI4Dの手ほどきを受けていた。 「それではここのゲイズを波長に合わせて、インテレストしてください」 今となってはどんな仕事や各種申請にもI4Dが必須となっている。 男はそのような最新の技術はとうの昔に諦め、何をするにもサポートが必要なのであった。 「ゲ…?ようはここの上に手のひらをあてたらいいんだな」 男はテーブルに埋め込まれている入力装置らしきタッチパネルに手のひらを乗せた。 「いえ、そこではなくこちらのフィ

【ショートショート】今日だけの俺

やっと俺の番がやってきた。 本当に長かった。早すぎても遅すぎてもダメだったが29歳というこのタイミングは願ったり叶ったりだ。 まだ6歳の時に巡ってきた別の俺は意味が分からず気がついたらもう終わっていたと嘆いていた。 どうも噂では他の人間は一つの身体を一つの自分で独占出来るようだ。 しかし俺にはそれが出来ない。俺の中に大勢の俺がいるからだ。 身体を支配出来るのが日替わり交代制になっていた。 自身を支配でき『本当の俺』なるその瞬間に到るまでの過程は、人気アトラクションに並ぶ行列み

【ショートショート】自分リモコン

我社は入社すると社員に自分リモコンが支給される。 初期設定後、直属の上司に預ける決まりだ。 現在、課長の私は部下の分のリモコンを数本保有している。 「す…ません…のけん…そうだ…があ…」 新入社員の高橋が自席で声を上げているが小声の為聞き取れない。 「ごめん高橋、もう一度言って」高橋のリモコンを手に取り音量ボタンで声量を上げる。 「すみません、午後の会議の件で相談があるのですが」 「オッケー、じゃあ後で声掛け」「もしもしー。あー杉本さんお世話になっております。ちょうど電話しよ

【ショートショート】勝手口な彼女

「私って一度しゃべり出すと止まらないじゃない?それでいつも食べるの遅くって美希のこと待たせちゃうし」 確かに里香はおしゃべり好きで今もフォークに巻かれて持ち上げられたパスタがおざなりになっている。 「別に気にしなくていいよ。里香の話好きだから」 私は無口な方なのでこれは決して嘘では無い。 『ありがと。でも食事としゃべる場所が同じなんて効率悪くない?』 そう聞こえたが里香の口元は今まさにパスタを頬張ろうとしている。「え、ちょっと待って。何これ。どういうこと?」 『だから、口は食

【ショートショート】その肉の味

しっとりとしたジャズが流れる店内。夫婦は向かい合い夕食を共にする。 「この肉は何の肉だろう。食べた事ない味だな」 「ええ。猪や鹿と同じで好みは分かれると思いますけど、私はこの味好きですわ。ソースの味がとても上手に全体をまとめていますね」 「ああ、同感だ。是非ともシェフに聞いてみようか」と通りかかったウエイターを呼び止めた。 「お口に合いましたでしょうか」 「今日も絶品だったよ。毎月ここのおまかせコースを家内ともども楽しみにしているんだ。ちなみにメインの肉は何の肉かな」 「実

【ショートショート】いつまでに終わりますか

最初は老人から唐突に問われた。 顔見知りの誰かと間違っているらしく「あ、人違いですよ」と対応した。 続けざまに子連れの主婦からすみませんと声を掛けられ丁重に問われた。 「あの、誰かと間違われてませんか?」 しかし偶然にしては気になったので具体的な話を聞こうとしたら主婦はやっぱり結構ですと行ってしまった。 全く意味が分からず、自分の身なりが変なのかと目の前にあった 不動産屋のガラス扉で自分の姿を確認する。 「おい!山田ぁ!いつ終わんだよ!」 ガラの悪い男性が肩を怒らせながら近づ

【ショートショート】兄の背中を追って

私の就職内定祝いで実家の食卓にはご馳走が並ぶ。 「高校、大学に続き遂に会社まで肇兄さんの後を追いかける事になるとはね」 自嘲混じりに言うと兄さんの表情が一瞬だけ曇った様に感じた。 「お父様やお母様の希望にも叶う就職先だ。本当によくがんばったな」そう言い終えた時には笑顔に戻っていた。 「いずれお前が我が財閥を率いる為に必要な基礎を養うのにあそこはもってこいの場所だ。しっかり学んで来い」 妙な事を言ってお父様はグラスのビールを飲み干した。 「そんな…肇兄さんを差し置いて僕がその様

【ショートショート】炎上アイドルの秘密

スタジオの楽屋。 撮影の合間を縫いアイドル歌手の楓夏サキは芸能雑誌の取材を受けていた。 雑誌の女性記者は当たり障りのない質問を何問かした後、椅子の上で一度姿勢を正し本題を切り出した。 「少し込み入った質問なんですが、サキさんは今巷で『何をしても炎上してしまうアイドル』として話題なんですが、それはいわゆる…戦略的な所もあるのでしょうか」 視線の外でマネージャーから鋭い視線の牽制を捕らえたが彼女の瞳から視線は離さず無視をした。 彼女はつい先日も昼ご飯をSNSへ投稿しただけで殺人予

【ショートショート】腐敗と成長

「じゃあ何。それが本当に不発弾だとしてどうしたいの?」 「撤去すべきだと思います」 「期間は?その間、本来建設中のモノはどうなんの?」 「最低1ヶ月は必要だと思います…もちろんその場合は開発を止めざるを得ません」 「仮に撤去したとして…もし不具合が出たらお前責任取れんの?」 「やってみないことには…」 「いい?そもそもそこに不発弾があるのは俺らの責任じゃないの。埋めた先人がいる訳でしょ」 「もし爆発したら全てに影響を及ぼしかねない所なんです」 「でも実際今日ま

【ショートショート】最新のカメラレンズ

「良いね、すごく良いよ。そのまま視線ください」 被写体の女優は艶かしい視線をカメラに寄越した。 シャッターと共にスタジオはストロボの光に包まれる。 「ちょっと休憩しようか」一旦撮影を止めた。 シャッターが切られる瞬間にカメラ目線が外れたのをファインダー越しに確認できた。 アシスタントがノートパソコンを片手に駆け寄る。 これまで撮影した画像が一覧表示されている画面を示しながら不思議そうな表情で「まだ一枚も目線貰えてません」と声を潜め囁く。 「何故だろう?」と私も囁く。長年カメラ

【ショートショート】ありきたりな幽霊

2階の部屋で1人休んでいると今日もその気配を感じた。 私は壁掛け時計を見た。 時計の針は午前2時を指しているというのになかなか寝付けないようだ。 ギギ………ギギィ……… 部屋の外、突き当りの階段あたりから軋むような音。 恐らく霊感が強いのだろうか。ここに居る事がバレているような気がする。 ギギ………ギギィ……… 徐々に音は近づいてくる。そして途切れ途切れの声が聞こえた。 こ…い……う…めよ…おね…ちゃん… 私はじっと身を潜める。 ギギィ……ギギ ドアの前で音が止まる。

【ショートショート】新しい味

甘味、酸味、塩味、苦味、うま味。 基本とされるこの5つの味に次ぐ新しい味が発見されたとテレビが騒がしい。 たまたま見かけたのがバラエティ色の強い情報番組だったので、斜に構えて真面目に受け取らなかった。 「バカバカしい。これが味の部類になるなら、辛味や渋味はどうなる?こんな捏造まがいの話題を堂々と放送する気が知れない」 私は茶碗を片手に思わずぼやいていた。しかし裏腹にその味を意識して感じようと試みたが到底感じることは出来なかった。 ふと気がつくと向い合せで味噌汁をすすっていた

【ショートショート】在宅で湿気るモラル

今週唯一の出社日。出社すると早々に課長に呼ばれた。 「吉田さん。来て早々悪いんだけどちょっといいかな?」 課長の席へ行き、少し距離をとって座る。 「この調子だと在宅勤務もまだ当分続くみたいでね、何か問題点とか無いかなと皆に聞いてるんだけどね」 課長は聞きにくい事を聞く時はいつも回りくどい言い回しになる。 「はい。今の所特に問題は無いです」 「そう。気を悪くしないでほしいんだけど…」 嫌な胸騒ぎがする。 「吉田さんの在宅時の作業、質が良い時と悪い時のムラがあってね…」 しまった