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【ショートショート】April eve

はじまりは3月31日の早朝。わざわざ速達で届いた封書だった。
赤字で「重要」と印字され、差出人は日本政府、しかも内閣総理大臣の名前まで連なっており思い当たる節もなく戸惑いながら封をきった。
「なんだこれ」思わず声が漏れた。

『貴殿を我々と同じ未来にお連れすることが不可能となりました』

仲の良い友人ら数人におかしな封書の内容を連携した途端、身を案ずるメールが鳴り止まなくなった。
友人の1人である小林からわざわざ電話があった時に、こんな手の込んだことをするのはこいつかもしれないなと思った。
小林からも同様に慰めの声を投げかけられと「おいおい小林、まさかお前の仕業か。悪趣味だし百歩譲ったとしても、まだ3月だぞ。せめて明日だろう」と一蹴した。
しかし、出社してみると友人以外まだ誰にも知らせていないにもかかわらず、その事実が周知されていて出社早々に花束でもって送別された。
「もう、今日は何もせずゆっくりしてていいから。早退したって構わないよ」と部長は真面目な顔で告げる。
一体何が起きているのか分からず、その事実を受け止めることもなくただただ呆然とするしかなかった。
携帯が鳴ったのはその時で、右手に花束を抱えたまま出ると実家の父親からだった。
そして、話は聞いたから今晩実家に必ず帰ってこいと強く念押しされた。

平日にも関わらず夜には実家に親族が駆けつけ、まるで故人に別れを告げるお通夜のような雰囲気になっていた。
これが常軌を逸する状況であることだけは理解できた。
一向に泣き止まない母親の姿を見て、この期に及んでもこれがエイプリルフールの嘘であって欲しいという願いと可能性は完全に打ち砕かれた。
「なぁ。俺は…今日死ぬのか?」沈黙を貫く父親に投げかけた。
「死にはしない。ただ…置いていくだけだ」
「どこにだよ。山にでも捨てに行くのかよ。バカバカしい。ふざけるのもいい加減にしろよ」
実家を飛び出し、しばらくあてもなく彷徨ったあと自宅に帰った。1日ろくに食べておらず空腹だったが喉の乾きだけ缶ビールで癒やすと午前0時を目の前にして猛烈な睡魔に襲われた。
なんだか色々と面倒くさくなった。振り絞って最後に舌打ちをした。

見覚えのあるいつもの天井。
頭が重たいのは単に寝ぼけているだけだからだ。
ちゃんと自室で迎えた朝に拍子抜けと僅かな安堵が入り混じっていた。
起床アラームもいつも通り鳴ったし部屋を見回しても特におかしな所は無い。フラフラと立ち上がり窓を開ける。妙に静かだ。
胸騒ぎを覚えつつ習慣的に日めくりカレンダーをめくった。

「あ」

もう一枚めくる。

「どういうことだよ」さらにめくる。

さらに、さらに。

3月58日になった所でめくるのをやめた。

置いていくだけだ、という父の言葉が蘇る。

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