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【ショートショート】最新のカメラレンズ

「良いね、すごく良いよ。そのまま視線ください」
被写体の女優は艶かしい視線をカメラに寄越した。
シャッターと共にスタジオはストロボの光に包まれる。
「ちょっと休憩しようか」一旦撮影を止めた。
シャッターが切られる瞬間にカメラ目線が外れたのをファインダー越しに確認できた。
アシスタントがノートパソコンを片手に駆け寄る。
これまで撮影した画像が一覧表示されている画面を示しながら不思議そうな表情で「まだ一枚も目線貰えてません」と声を潜め囁く。
「何故だろう?」と私も囁く。長年カメラマンを務めているがこんな事は初めてだ。
女優の様子を伺いに行く。スタイリストがメイクを直している最中だがカメラマンに気づくと
「すみません、今日はこれ以上は無理かもしれません」と緊張した面持ちで言った。
「一体何が駄目なの?」
「…レンズが怖いんです」

「どうやらこの下ろしたてレンズが原因だったようだ」
アシスタントは意外過ぎる原因に首を傾げた。
「そんな事あるんですか。これ発表されたばかりの肉眼で見た世界とほぼ同じ画質で撮れるやつですよね」
「そうなんだ。新しい表現へのチャレンジに値は張るが奮発したんだが…」
「正直僕もこのレンズ気になってたんですよ。肉眼と同じなんてどういう仕組なんですかね?」
「ベンチャーが開発したバイオ技術を応用しているらしいが詳しいことは分からないな」
「使用感などには特に異変は感じないんですか?」
「何度か風景写真で試してたんだが特に変わった所はなかったんだ。それで今回初めて人物撮影に使用したんだが…」
そう言うとカメラマンは思い立ったように、先程まで女優がポージングしていた所へ歩み寄った。

「そうか。ちょっとシャッター押してくれるか」そう言うとレンズに目線を寄越した。
アシスタントはカメラを構えファインダーを覗き込んだ。
「撮ります」とアシスタントはシャッターを半押しする。
「え?」とカメラマンは思わず声に出した。
オートフォーカスになった途端レンズが反転しギョロリとした肉眼が現れた。
そして肉眼は被写体を探し、カメラマンと目が合った。

堪らずレンズから視線を外した。

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