見出し画像

【ショートショート】その肉の味

しっとりとしたジャズが流れる店内。夫婦は向かい合い夕食を共にする。
「この肉は何の肉だろう。食べた事ない味だな」
「ええ。猪や鹿と同じで好みは分かれると思いますけど、私はこの味好きですわ。ソースの味がとても上手に全体をまとめていますね」
「ああ、同感だ。是非ともシェフに聞いてみようか」と通りかかったウエイターを呼び止めた。

「お口に合いましたでしょうか」
「今日も絶品だったよ。毎月ここのおまかせコースを家内ともども楽しみにしているんだ。ちなみにメインの肉は何の肉かな」
「実は…人間でございます」
「え、あれが人間?いつも食べているのと全然味が違ったな。何ていうんだっけほら…アレだ」
「…クセかしら」「そう、それだ。クセが強かった」
「さすがです。本日仕入れた人間は特にクセが強かったのでソースを特別にアレンジし直しました」
「やっぱり。ソースがお肉のクセをうまく調和させていて本当に美味しかったです」
「そうだな。いや本当に絶品だった」「ありがとうございます」

頭を下げ踵を返すシェフの八本の脚とゆらゆらと揺れる細長い腹部の先の尾節びせつを夫婦は見つめた。
「ところで『クセ』の語源は何だったかな」
「…確か我々がこの星に来て略奪した人間の言語から『個性』をルーツにアレンジした言葉じゃなかったかしら。訛ってコセイがクセイ、クセに」
「我々の食料に成り下がった今でも個性を出して生きようとするのか、人間って生き物は」
カシャカシャ触覚を擦り合わせて二匹は笑った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?