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【ショートショート】自分リモコン

我社は入社すると社員に自分リモコンが支給される。
初期設定後、直属の上司に預ける決まりだ。
現在、課長の私は部下の分のリモコンを数本保有している。
「す…ません…のけん…そうだ…があ…」
新入社員の高橋が自席で声を上げているが小声の為聞き取れない。
「ごめん高橋、もう一度言って」高橋のリモコンを手に取り音量ボタンで声量を上げる。
「すみません、午後の会議の件で相談があるのですが」
「オッケー、じゃあ後で声掛け」「もしもしー。あー杉本さんお世話になっております。ちょうど電話しようと思ってた所なんですよー」
逆に堀田は地声が大きく、堀田のリモコンを手に取り電話対応の声量を下げた。
「山本。会議資料って午前中に見せれそう?」「ちょっと午前中は厳しいですね」
「そうか、じゃあ今日は午後休で早退してもいいから、早送りでお願いしたいんだ」「わかりました」
山本にリモコンを向け早送りボタンを押した。
山本の動きは倍速になり猛烈なスピードでタイピングを始めた。

意を決して部長室のドアをノックする。
失礼しますと部屋に入ると、部長はデスクに座り誰かの自分リモコンをクロスで丁寧に磨いている所だった。
「部長、実は自分リモコンの使用をやめたいと思っています。私自身も経験上感じておりましたが、使われる側はやはり良い気はしません。第一、部下を信頼しているのでこれに頼らなくても進捗はあげられると思います」
部長は終始無言だった。リモコンを磨く手は止めようとはしない。
部長がこの自分リモコンの導入に尽力した発起メンバーの一人だという噂が脳裏をよぎった。
おもむろにクロスをデスクの上に置くと、部長は磨き上げたそれを私に向けた。

「失礼しました」頭を下げ、部長室を後にする。
私はなぜ部長室を訪れていたのだろうか。

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