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シュール

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吉田図工のシュール作品です
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記事一覧

【ショートショート】律儀な強盗

「えーと、A1ですか。ちょっとその大きさは扱ってないですねぇ」レジの女性店員は答えた。 「馬鹿言うな、A1の紙が一番大きい。出せ」サングラスにマスクの男は言った。 「もしよければA4サイズのコピー用紙ならありますけども」 「コレが見えないのか」男が右手に持つ黒い何かをかざした。彼女にはぼやけて太めのサインペンのように見えた。 「すみません、実はコンタクトが合わなくて新しいのにつけ直そうと取った所だったので。今裸眼で全然見えてないんです。でもアレですよね、ひらめいちゃってアイデ

【ショートショート】あるところ

やっとのことたどり着いた村で、これまたやっとのこと出会えた第一村人は気さくなおじいさんだった。 声を掛けると畑仕事の手を止め、わざわざこちらにやってきてくれた。 「若えの。こんな所までよう来なすったな。地図にも載っとらんのに」 「お仕事中すみません。お父さん、ここが昔話の冒頭『むかしむかしあるところに』で有名な、あるところ、なんですよね」 「そうじゃ。本当は安留所村という名前なんじゃが、不特定の場所をさす『ある所』と響きが同じだったもんですっかり勘違いされての」 「むかしむか

【ショートショート】結果屋

「兄ちゃん。結果いるかい?」 男は前方からそう声をかけられたが競馬新聞から視線は外さずに答えた。 「結果?予想の間違いだろ」 「おいおい、そんじょそこらの予想屋と一緒にするな。俺は結果屋だ」 顔をあげる。タバコを咥えた背の低い老人が立っていた。男の競馬新聞を指差しながら言った。 「そう簡単に信じないのは当然なこった。初回は無料でいいぜ、次のレース4-8だ」「ハハハ、大穴じゃないか。100円が10万になるぞ。嘘つくならせめてそれっぽい予想してくれよ。適当言いやがって」はいこの話

【ショートショート】均等の波

青年は黒縁のメガネをクイと押し上げると皆を見据えた。 「犯人は分かった。精巧なトリックもこの真実のメガネを素通りすることなんてできな……」 「ちょっと待て!」 トレンチコートの男が遮った。帽子を正すと窓際までゆっくりと歩を進める。皆が見つめる中、空を見つめながら口を開く。 「その前にこの屋敷の秘密を紐解く必要がある。今、真実が私に語りかけてい……」 「わたくし、気づいてしまったの」 婦人の透き通る声が広間に響き渡った。そして花瓶から1輪のバラの花を抜き取るとその香りを嗅いだ。

【ショートショート】伝説の泥棒

彼の逸話は1冊の本が容易く書けるほどに存在する。 最新の防犯システムをもってしても一度も逮捕されたことが無く、弱者からは盗らず悪名高い権力者をターゲットとするスタイルと、盗んだ金を匿名で保護施設に寄付しているとの噂もあり、現代の石川五右衛門として庶民から絶大な人気があった。 当然ながら年齢も不詳で、40年にもわたりその名を轟かせていることからすでに代替わりしているのではないかとの噂もあり、同じように親子2代に渡り彼を追いかける警察官も存在した。 目撃されることは稀有で防犯カメ

【ショートショート】止まらない時計

24時間365日休みなく働くことに耐えられないと、ある日突然全ての時計達が働き方改革を敢行し1ヶ月が経った。 各自、おもいおもいに休憩を取るようになり全ての時計は正確な時刻をしめさなくなった。 「母さん、もう12時半だけど昼ご飯まだ?」息子は大げさに腹を抑えてリビングに入ってきた。 「えー、今あの時計で8時だからまだ11時半じゃないの」壁かけ時計を見上げながら母親は言った。 「違うよ、アレ今休憩してるから動いてないよ」 「あらやだ、すぐ作るわ」「そもそも日時計見たら一発なんだ

【ショートショート】ハイ皿のイイエ

「もう今となっては席で吸える方が珍しくなってきたからな」 男は煙たいため息を吐き出すと、白髪の混じった髪を撫でつけた。 そしてネクタイを少し緩めると灰皿にタバコをねじ込んだ。 「本当ですよね。全席禁煙の店のほうがもはや普通です。あ、すみませーん」相づちを打ちつつ、対面する部下は店員を呼び止めた。 入社三年目で仕事は一通りそつなくこなせるようになったが、合わせて悩みも折重なってくる頃だ。悩みなど無さそうにひょうひょうとした顔をしている者こそ、人知れず隠し持っているものなのだ。

【ショートショート】文継ぎセミナー

「これは器が割れたり欠けたりした際に施す金継ぎと同じ要領なんですよ」 文継ぎセミナーの講師は文継ぎについて説いた。 各々受講者が持ち寄った壊れた文章は様々で破損や汚れで肝心な所が読めなくなったアイデアノートや、理由あって引き裂かれた片方だけのラブレターなど様々だ。 私も内容が破綻し収集がつかなくなった執筆途中のショートショート小説をいくつか持参した。 隣の席の女性はこのセミナーの常連だそうで、講師の助手さながらに初心者である私の世話を焼いた。 「もしよろしければ、こちらも使っ

【ショートショート】プロ食事人

「ねぇ、彩。ずっと気になってた澤山って三つ星のお店。急遽キャンセルが出て二人入れるんだけど今晩どう?」 グルメな先輩社員の誘いに彩は申し訳無さそうに苦笑いをした。 「すみません先輩。私まだ二つ星なんです」 「あーそっか…じゃあこれは久美子に声かけてみるか。じゃあまた二つの店の時に誘うね」 再度すみませんと頭を下げ、彩は自席へと戻った。隣の席で同期入社の上村が待ってましたとばかりにため息をつき、スマホ画面を向けてきた。 「牛丼の吉田家、ついに一つ星になるんだってさ。俺のオアシス

【ショートショート】タコ足伏線

男は静かに302号室の前に立った。 両親から預かっている合鍵を使いドアノブに手をかけた瞬間、ふと誰かに見られているような感覚に襲われた。 辺りを見回すも人の気配などはなかった。薄気味悪さを覚えながら男は部屋に入った。 この部屋に住む青年が音信不通となり一週間。身を案じた両親からの依頼で男は訪れた。 両親の話では青年は小説家を目指しており、最近はスランプに陥ったようで思うように執筆が進まずひどく悩んでいたようだ。 両親にも立ち入りへの同行を求めたが母親の方の動揺が激しく、やむな

【ショートショート】問いかけ定食

「へい、定食お待ち」 カウンター席で店主からお盆を受け取る。 店主は定食のご飯を指差しながら 「一杯目から『おかわり』にするにはどうすればいいと思う?」 とっさのことに言葉が出ない。メニューに目を移す。 単に定食とだけで伝えた注文は、日替わり定食のつもりだったのだが 実は『問いかけ定食』だった。 「えっと、その…ちゃんと正解はあるんですか?」 何となくご飯は避けて、とりあえず味噌汁から手を付ける。 「適当言ってるんだから俺が納得すれば正解よ」 目線はまな板で返事が返ってきた。

【ショートショート】要冷蔵読書

新刊コーナーを通り過ぎ冷蔵ケースの前で足を止める。『生鮮本』コーナーがこの書店の売りだ。 生鮮本とは読了まで時間がかかり放置される不憫な本を救済し、読書サイクルをあげ業界の底上げを狙った新しい試みとして開発された。 冷蔵ケースにずらりと並ぶキンキンに冷えた中から1冊を選ぶと、レジにて持ち帰り時間を聞かれた。1時間ほどと答えると保冷剤を同封された。 「ご帰宅後は冷蔵庫で保管し、ぜひ新鮮な内にお読みください」 と店員は言った。鮮度が落ちるとどうなるのかを店員に問うと 「食品とは違

【ショートショート】絆磨き

ビジネスサイト『プラチナムビジネス・オンライン』の特集記事のひとつ『今週のオーガニック・パーソン』 フリージャーナリスト田崎美羽が時代を彩る1人にスポットを当て、現在のビジネスの在り方を掘り下げる巷で人気のコンテンツだ。 今回は、今もっとも勢いのある企業の1つとして注目される『株式会社NUKI』の代表取締役社長、賀川光一氏に話を伺った。 案内された応接室で待っていると、グレーのスーツを着こなした賀川が時間通りに現れた。 挨拶を交わし名刺を交換すると、では早速と賀川が促す形で取

【ショートショート】成分表示の義務化

『大豆(遺伝子組換えではない)』 「これも最初は違和感あったのにな」 男は商品棚から納豆を手に取ると成分表示の面を妻に向けた。 「最初は遺伝子って響きに少しドキッとしたわね。これもそう」妻はそう言うと商品かごの中のポテトチップスの袋を指さした。 「でもなんで急にそんなこと言うの」 「昨日本屋に寄って小説を買ったんだけどさ」男は鞄から真新しい単行本を取り出した。 「どうやらいつの間にか小説にも成分表示が義務化されていたんだ。全然知らなくってさ」 「え、どういうこと。単純に『紙