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【ショートショート】あるところ

やっとのことたどり着いた村で、これまたやっとのこと出会えた第一村人は気さくなおじいさんだった。
声を掛けると畑仕事の手を止め、わざわざこちらにやってきてくれた。
「若えの。こんな所までよう来なすったな。地図にも載っとらんのに」
「お仕事中すみません。お父さん、ここが昔話の冒頭『むかしむかしあるところに』で有名な、あるところ、なんですよね」
「そうじゃ。本当は安留所村という名前なんじゃが、不特定の場所をさす『ある所』と響きが同じだったもんですっかり勘違いされての」
「むかしむかしあるところにではじまる昔話は、全てこの村で起こった実話というのは本当なんですか」
「そうなんじゃ。しかも同時期に起こることが多くての。いうてこんな小さな村だもんで、かぐや姫の竹藪の裏で金太郎が相撲をとっていたし、カチカチ山の泥の船の後ろで一寸法師がお椀に乗っていたりもした。自分の話が他の話に見切れてしまわんように皆気をつけておってな。それでもむかしむかし一度だけ、おむすびころりんで穴に入らなかったおむすびのひとつが、さるかに合戦でカニが最初に拾うおむすびになってしまったことがあったのう」老人は懐かしそうに笑った。
「随分とお詳しいですね。とするとおじいさんはこの安留所村のお生まれなんですか」
「いやいや、わしはこの村の生まれではないんじゃよ」
「そうなんですか。お詳しいのでてっきりそうかと」

「わしの生まれは桃じゃ」

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