見出し画像

【ショートショート】均等の波

青年は黒縁のメガネをクイと押し上げると皆を見据えた。
「犯人は分かった。精巧なトリックもこの真実のメガネを素通りすることなんてできな……」
「ちょっと待て!」
トレンチコートの男が遮った。帽子を正すと窓際までゆっくりと歩を進める。皆が見つめる中、空を見つめながら口を開く。
「その前にこの屋敷の秘密を紐解く必要がある。今、真実が私に語りかけてい……」
「わたくし、気づいてしまったの」
婦人の透き通る声が広間に響き渡った。そして花瓶から1輪のバラの花を抜き取るとその香りを嗅いだ。
「そもそも最初から被害者なんていなかったのよ。時に推理はバラの香りのようにわた……」
ボーン、と柱時計が鳴り響くと一瞬の静寂が辺りを支配した。
「さて、皆さんは肝心なことを見落としておられるようじゃの」ソファに腰掛けた老人は静かに語りだした。「戦後の傷跡がまだ癒えず混沌とした時代、わしがまだ少年工だった頃まで話は遡るのじゃが……」
ガチャリとドアが開く。犬を抱えた散歩途中の通行人が入ってきた。
「全く事件のことは知らないんだが、俺の推理はこうだ」飼い主と同様、犬も何かを訴えるかのように吠えている。
近年、格差をなくそうとする動きは世界中のあちこちで巻き起こっている。それはこの物語の中でも同様のこと。主役、脇役の差を見直そうとした結果、この物語に主人公は存在しないのである。

さて、それでは私の推理を聞いていただこうか。私自身も、地の文ばかりを語るのは少々飽きてきたところだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?