見出し画像

【ショートショート】要冷蔵読書

新刊コーナーを通り過ぎ冷蔵ケースの前で足を止める。『生鮮本』コーナーがこの書店の売りだ。
生鮮本とは読了まで時間がかかり放置される不憫な本を救済し、読書サイクルをあげ業界の底上げを狙った新しい試みとして開発された。
冷蔵ケースにずらりと並ぶキンキンに冷えた中から1冊を選ぶと、レジにて持ち帰り時間を聞かれた。1時間ほどと答えると保冷剤を同封された。
「ご帰宅後は冷蔵庫で保管し、ぜひ新鮮な内にお読みください」
と店員は言った。鮮度が落ちるとどうなるのかを店員に問うと
「食品とは違い腐ることはありませんが内容が発酵します」と言った。
ところがその帰り道、駅前で友人とバッタリ会いそのまま飲みに行くことになった。帰宅は1時間どころか午前様となってしまった。

それが1ヶ月前。すっかり忘れて常温放置してしまったその時の生鮮本のページをめくる。
登場人物のセリフ、設定や話の展開に至る全てがキザでこれでもかと臭かった。勿体ないので仕方なく読み進めると後半、意外とクセになってきた。
後日、『生鮮本』コーナーの隣に、新たに『発酵本』コーナーが新設されていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?