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【ショートショート】伝説の泥棒

彼の逸話は1冊の本が容易く書けるほどに存在する。
最新の防犯システムをもってしても一度も逮捕されたことが無く、弱者からは盗らず悪名高い権力者をターゲットとするスタイルと、盗んだ金を匿名で保護施設に寄付しているとの噂もあり、現代の石川五右衛門として庶民から絶大な人気があった。
当然ながら年齢も不詳で、40年にもわたりその名を轟かせていることからすでに代替わりしているのではないかとの噂もあり、同じように親子2代に渡り彼を追いかける警察官も存在した。
目撃されることは稀有で防犯カメラにもハッキリと映り込んだことがなく、数少ない目撃情報から伝わる彼の風貌はあまりにも現実離れしており都市伝説の域を出なかった。
濃い口髭にほっかむりを被り唐草模様の風呂敷を担ぐ、というまるで昭和の漫画から飛び出したような嘘みたいな姿なのだ。
過去に一度だけ盗みの現場に、偶然鉢合わせた警官が噂通りのその風貌に感激し、我を忘れて握手を求めてしまい取り逃がしたとの逸話もある。
そしていつしか彼を捕まえることを夢見て警察官に志願する若者が鰻登りに増え、彼の出す損失より国益の方が大きいのではないかと、超特例で彼を無形文化財【人間国宝】に選出してはどうかとの議論がまさかの議員内で巻き起こると世間を大きく驚かせた。
当然、賛否両論あがるなか大多数をしめる否定的な意見を覆す形で、人間国宝への選出を決定するという発表が再度世間の度肝を抜いた。
そしてその数日後、世間は三度目の正直ともとれる大きな驚きとして現代の石川五右衛門が自首し逮捕されたことを、ニュース速報で知ることとなる。

彼は逮捕後、「まさか国家に罪悪感を盗まれるとは思わなかった。正々堂々捕まえないお前達に失望した」と供述し警察は手放しで喜べなかった。

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