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【ショートショート】絆磨き

ビジネスサイト『プラチナムビジネス・オンライン』の特集記事のひとつ『今週のオーガニック・パーソン』
フリージャーナリスト田崎美羽が時代を彩る1人にスポットを当て、現在のビジネスの在り方を掘り下げる巷で人気のコンテンツだ。
今回は、今もっとも勢いのある企業の1つとして注目される『株式会社NUKI』の代表取締役社長、賀川光一氏に話を伺った。
案内された応接室で待っていると、グレーのスーツを着こなした賀川が時間通りに現れた。
挨拶を交わし名刺を交換すると、では早速と賀川が促す形で取材は始まった。

-本日はお忙しい中ありがとうございます。まずは、飛ぶ鳥を落とす勢いとも言われる株式会社NUKIの、その勢いの秘密をずばり教えていただけないでしょうか

その話の前にひとつ簡単な心理テストをさせてください。すぐに終わります。今から私が5秒数える間に、この部屋にある『赤いもの』を出来る限り見つけて記憶してください。いいですか、ではスタート。
……はい目を閉じてください。それでは質問をします。いいですか…この部屋にある『青いもの』を出来る限り言ってください。

-え。青…ですか。赤ではなく。いや、ちょっと青は分からないです

そうでしょう。ありがとうございます。もう目を開けていただいていいですよ。
脳と聞くとどうしても思考する器官だと思いがちですが、もうすこし掘り下げると脳を有効に使い込む為には『見つける』ということを最大限に意識する必要があります。

-見つける…ですか

先程、たった5秒という短い時間の中でも赤を意識するだけで沢山の赤いものを脳はキャッチしてくれたはずです。改めて部屋を見回してみてください。
どうですか。部屋にはこれだけの青いものも存在しているんです。

-はい。確かに

脳はこの『見つける』という能力に秀でています。今は赤いものと言いましたが、もっと柔軟に大きな枠で見つけることができるんです。例えば『英語を喋れるようになりたい』という願望があるならば、どうすれば英語を喋れるようになるのかの解決策を『考えて』しまうのは素人のやり方です。玄人というかあえて我々と言いますが、我々はもう既に喋っている自分の姿をイメージするんです。
流暢に英語をしゃべり、海外の人間と楽しくコミュニケーションをとっている自分を。それも強く、しごく具体的に。達成した喜びに実際の涙が流れるくらいイメージ出来るのが理想の形です。
すると、どうでしょうか。街を歩くだけで「あれ、こんなところに英会話教室なんてあったっけ」と気づくことができるはずです。
さらに英語の習得にこんな画期的なやり方もあるんだ、というような情報もインターネットの膨大な情報の中からおのずと目に飛び込んでくるでしょう。
イメージさえすれば後は脳が勝手に解決方法を『見つけて』くれるんです。一般的には『引き寄せの法則』なんて呼び方もあるようですが、
我々はこれを『想像こそ最高の思考』と社訓に掲げて、社員にも徹底してこの意識を身につけてもらいます。

-なるほど。その脳の使い方が御社の勢いの根幹を支えている、ということですね

いいえ、全く関係ありません。

-あ、そうなんですか。すごく良い話だったので。これは失礼致しました

いえ、厳密には関係あるのですが内容は特に重要ではありません。我々は社員に対して常日頃から『質問にはすぐに答えるな』ということを徹底させています。
この話は我々のビジネスのネタバレのようなものなので、話すことをできれば控えたいのですが今回は特別にお話すると、
先程の田崎さんの質問に対してすぐにその答えを返してしまえば当然ながら、田崎さんは次の質問を私に投げかけてくるでしょう。
それでは私にとって相手のペースのまま、相手の要求するものをそのままの形で提供することになり、弊社の理念からは逸れてしまいます。
弊社は、一般的な企業と違い何かを売ったり、サービスを提供しているわけではありません。
なので大きな流れを止めること無く、違う流れを生み出せるかが我々の収益の肝なのです。

-なるほど。その話は非常に興味深いですね。ずばりその流れで本題に入りたいのですが、御社の売上の大半をしめる収益モデルについてのお話を伺えればと思います。
御社が現在、幅広い分野で展開する『絆磨き』について。御社ではそう呼ばれているのですが、世間一般の認識では『中抜き』と何ら変わらないのではないかという声もあります。
後者は今現在でもその仕組みに対して嫌悪感を抱く人は多く、中には日本のビジネスモデルの悪しき習慣の1つだと説く人もいます。
2つの明確な違いについてお聞かせください。
あの、できれば今回はすぐに答えていただければと

はい。もちろんです。先程は説明の為に敢えてそうさせていただきました。すぐに答えさせていただきます。
何事にも賛否があるのが当然であり、むしろ必須であると私は考えています。称賛だけでは成長は望めません。
『中抜き』という言葉だけが独り歩きし、悪しきイメージを持っているのは否めませんが仲介業者や中間マージンという言葉は昔から存在します。
ビジネスをする上で何かしらの効率化を図った際に発生する必要不可欠な業務レイヤーの1つが中抜きだと認識しています。
田崎さん。別に我々が何か特別なことを事業にしているわけではないのです。その証拠に中抜き自体は表向きにならないだけでどこでも行われています。
私個人としては、中抜きは日本が世界の誇る、いわばクールジャパンテクノロジーのひとつとして胸を張って展開していくべきだと思います。
ただ、やはり人々にこれだけ嫌悪感を抱かせてしまっているのはそこに『愛』が無いからだと私は考えます。
我々の推し進める絆磨きとは中抜きとは似て非なるものです。片一方のありがとうの気持ちが強すぎた場合、もう一方にはプレッシャーとなってしまう場合があります。
それでは両者の絆は歪な形となってしまう。我々はそんな絆を双方がバランスよく保てるように愛情をもって磨き上げるイメージで調整します。
ただ無作為に取り上げるのが中抜きだとすれば、表面のザラつきを拭きあげるイメージが絆磨きです。我々のモデルがいかに真逆であるということをご理解いただけるかと思います。

-今のお話だと、ある派遣労働者に派遣先企業から支払われた対価に対して御社がその…絆磨きしたケースかと思われます。
ただやはりその場合、単純に給与所得が下がってしまうわけですから労働者の方が『愛情をもって磨かれた』と捉えるのは難しいのではありませんか

先程も申しましたが、我々は何か商品を売ったり、サービスを提供しているわけではありません。
だからといってデータ上の数字を追っているだけでは真の成果は得られないと日頃から社員に伝えています。
どれだけ効率化がはかられ、自動化が進んでいったとしても職人の手仕事のような繊細さを忘れてはいけないと思っています。
日本のものづくりの精神を我々の業務にも落とし込む必要があるんですよ。
その意識が指先からクリックとして伝わり、絆磨きとしてパソコンに取り込まれた場合、それはもうバイナリデータを超えた手作りに近いデジタルデータになります。
やっぱりそういった情報を介すると金額の変化も愛のある磨きとして顧客に伝わる為、不満があがるといったことは起こりませんよね。

-ちょっと、表現が独特で理解が追いつきませんでした。職人の手仕事を業務に落とし込むとおっしゃいましたが、具体的にどういったことなのでしょうか

データを鵜呑みにするな、数字だけで分析するなと社員には常日頃から忠告しています。
そういった凡事徹底を日々繰り返すことで、おのずと社員達にも職人の気質が宿ってくるんですよね。最終的にはその日の気温や湿度の微妙な変化によって、これ以上抜くと相手に取られすぎたと思われてしまう一歩手前ギリギリを攻めるように、中抜きする額を1円単位で調節する社員も出てくるようになりました。
まさに、ミリ単位、ミクロン単位の調節をする手仕事の繊細さが業務に落とし込めた結果になりますよね。

-あの…今中抜きとおっしゃいましたが。絆磨きではないのでしょうか

あれ。中抜きと言いましたか、これは失礼。言葉のあやですよ。今日はどちらも何度も口にしているので私自身ごっちゃになってしまいました。深い意味はありません。
でもそれくらい手触りに近い感覚で磨いた金額はむしろ減ったことによって光沢がでるというか輝きが増すんですよね。
減ったことによってむしろ本質的な価値が上がったと思わせることが絆磨きの一番の強みだと考えています。

-そういうものなのでしょうか。まだ納得はできませんが理解はできました

どうしても絆磨きを体験されたことの無い方はそういう感想を抱かれるのも仕方ないと思います。ましてや、金銭的なやり取りを例に上げて説明しているので余計です。
絆磨きはあらゆる場面に適応されますので。
田崎さん。貴方はまさに今、絆磨きを実際に体験されているんです。

-それは一体どういうことでしょうか

部屋の扉が開き、スーツ姿の男性が入ってきた。その男性を見るや彼女は椅子から立ち上がり目を丸くした。
その男性は賀川光一と双子と見紛うばかりに瓜二つの容姿をしていた。スーツも全く同じものを着用している。

それでは私はここまでとなります。あとの説明は、彼からさせていただきます。

-は?えっと状況が飲み込めないのですが

改まして。よろしくお願いします。
本来は田崎さんに1時間通して賀川光一に気持ちよく取材していただきたいので
このように目の前で交代することはしないのですが説明のために急遽そうさせていただきました。
今回の取材は1時間のお約束でしたが30分経ったところで絆磨きの形をとったことになります。
これにより、賀川光一としては30分の拘束時間で残りの時間を違うタスクに移行することができます。
田崎さんは変わらず1時間私にインタビューしたことには何ら変わりありません。

-ということは、先程の私がインタビューしていたのは賀川さんの影武者のような認識でよろしいのですか

どちらが本物か。というのは敢えて申し上げません。必ずしも本物が後から登場するとは限らないからです。
肝心なことは田崎さんにどちらも本物であると感じていただくこと。本物か偽物かということに悩むことすら不毛なのです。どちらも本物なのです。
仮にも今退出した先の私が絆磨きによる代役とするならば、影武者というよりはミラーイメージと私どもは呼んでいます。

-…鏡像ですか。ようするに1時間取材させていただくためにお支払いする謝礼のうち30分を中抜きする形になるのですね

今回は種明かししてしまったので、中抜きと捉えられても致し方ないのかもしれません。
ただ、もし田崎さんにこの愛が伝わったのならば、これは中抜きではなく絆磨きになることをご理解いただけると思います。

-そう…ですね。教えていただかなければ全く気づくことは出来なかったので、敢えて手の内を晒していただいた御社の懐の深さという意味では似たような感覚を受け取ることができました。
それでは、賀川さん。気を取り直して次の質問なのですが…


「本日はありがとうございました。失礼いたします」
応接室を後にし、彼女は株式会社NUKIの入居するオフィスビルの1階エントランスロビーまでおりてきた。辺りに誰も居ないことを確認すると携帯電話を取り出す。
「もしもし、今取材終わりました。…はい。そうですね、私の感触としては…」
彼女は一呼吸おいた。
「結局、どう表現しようがやっていることは中抜きと何ら変わりありませんでしたね。でも非常に興味深い話が聞けましたので、内容としては問題なく仕上がると思います。明後日にはメールで送れると思います」
失礼しますと電話を切ったタイミングを見計らったように、彼女の携帯電話は着信音を響かせた。
「あ、もしもし。今電話しようと思っていたところです。ちょうど取材も終わったところで。…はい、編集部にも連絡したところです。いつも通り明後日の締切で納品予定を伝えていますので、明日中に文字起こしデータは送付します」
正面玄関に歩を進めながら彼女は受話器に耳を傾ける。
「いや、本当に。瓜二つの社長が出て来たときはホントびっくりしちゃって。そっくりなのがというよりは事前に聞いてた通りだったんで。やっぱり考えることは同じってことですか」
『17F 株式会社NUKI』
彼女は立ち止まるとテナント看板を見つめた。
「ちなみになんですけど。私に対してはどっちなんですか。田崎さん的に」

ですよね。うふふと微笑むと秋山聡美は正面玄関を出ていった。

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