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【ショートショート】炎上アイドルの秘密

スタジオの楽屋。
撮影の合間を縫いアイドル歌手の楓夏ふうかサキは芸能雑誌の取材を受けていた。
雑誌の女性記者は当たり障りのない質問を何問かした後、椅子の上で一度姿勢を正し本題を切り出した。
「少し込み入った質問なんですが、サキさんは今巷で『何をしても炎上してしまうアイドル』として話題なんですが、それはいわゆる…戦略的な所もあるのでしょうか」
視線の外でマネージャーから鋭い視線の牽制を捕らえたが彼女の瞳から視線は離さず無視をした。
彼女はつい先日も昼ご飯をSNSへ投稿しただけで殺人予告までされたとワイドショーに取り上げられていた。
「いや全然そんなつもりはなくて…。この前もロケ先のお昼ごはんを投稿しただけなんですけどね」
彼女は動揺する事なく、むしろあっけらかんと明るく答えた。
「芸能活動に支障はありませんか?」
「正直、無いと言えば嘘になりますけど。でもある程度は覚悟しています。それにどんな形であっても興味を持ってくれている人がいる事実は大切にしたいと思っているので。それにここだけの話…」
堪えきれず吹き出すような形でサキは破顔して吹き出した。
「アハハハ!あーやっぱりムリだー!雑誌の編集者になったのは聞いてたけど、まさかシホに取材される日がくるなんて思ってもなかった。お互い敬語なのがもう可笑しくって」
姿勢良く座っていた高橋シホも思わず声を出し吹き出した。
「私だってサキの取材がこんなに早く出来るなんて思ってもみなかったの。私ったら名刺渡す時に緊張して『はじめまして』って言っちゃったもんだから引くに引けなくなっちゃって」
「そうだよ!私も思わずはじめましてって。あ、なら敬語で話しなきゃって」
きゃははと二人の笑い声が響く楽屋は友人同士で訪れた休日のカフェのような雰囲気に一変する。
「あー苦しい。ここからは昔みたいに話してもいい?」サキは笑い涙を指で拭いながらテーブルのアイスティーを一口飲んだ。
「全然。自然体で答えて貰った方がこっちとしてもありがたいから。あーなんかごめんね変な雰囲気になっちゃって」
「こっちこそごめんなさい…で私何の話してたっけ?」
胸をトントンと叩きながらアイドルらしい所作で深呼吸をした。
「サキそういえば何か言いかけてなかった?ここだけの話って」
「あ、そうだそうだえっとね。例えば私に向けられる言葉が誹謗中傷だったとしてもね、常に私の事を見てて気付いた事を言ってくれてる事には違いないから。これって逆に捉えたら誹謗中傷ってすごくいいアドバイスになってるじゃんって事に気づいたの。
もちろん中にはブスだの何だのってどうしようも無いのもあるけどね。でも今は炎上の形でも注目をされている方がありがたいわ」
マネージャーが喋りすぎの合図に咳払いをする。
「あ、ヤダ。普通にシホと世間話してる気分になってた。ごめん全部書かないで」アイドルは困った笑顔で人差し指を口先にあてがった。
「正直そんな考え方があるんだって驚いちゃった。大丈夫、ちゃんと私の方で上手く纏めるから。そこまで考えてるなら十分に戦略家ね」
「やめてよ。必死なだけなんだから」
二人はあははと笑いあった。


その日からシホはサキに対する中傷コメントをやめた。

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