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【ショートショート】いつまでに終わりますか

最初は老人から唐突に問われた。
顔見知りの誰かと間違っているらしく「あ、人違いですよ」と対応した。
続けざまに子連れの主婦からすみませんと声を掛けられ丁重に問われた。
「あの、誰かと間違われてませんか?」
しかし偶然にしては気になったので具体的な話を聞こうとしたら主婦はやっぱり結構ですと行ってしまった。
全く意味が分からず、自分の身なりが変なのかと目の前にあった
不動産屋のガラス扉で自分の姿を確認する。
「おい!山田ぁ!いつ終わんだよ!」
ガラの悪い男性が肩を怒らせながら近づいて来た。
思わず逃げ出した。追って来ているかも確認せずとにかく走った。
息も絶え絶え薄暗い高架下に辿り着いた。
運動不足の身体は悲鳴をあげ肩で息をする。ネクタイを緩めて呼吸を整えた。
一体何がどうなってるんだ。何なんだこの状況は。

「…もう終わりにしようや。兄ちゃん」
弾かれたように声のした暗闇に視線を向ける。
暗がりに溶け込んでいたホームレスの男性と目が合った。
男性の飼い犬とも取れる野良犬もこちらに向け吠えた。
犬にまでそう言われているように思えた。
再び走り出す。もうすれ違う人が皆自分を見ているような気がする。
そして一応に彼らの目は自分にこう問いかけるのだ。
『いつまでに終わりますか』
交番の建物を視界の隅にとらえた。いっそ駆け込もうか。
上手く説明出来る自信は無いが助けを求めよう。
足がもつれそうになるのをこらえ交番の入口に近づく。
「え?」
衝撃に思わず立ち止まる。
入口前の掲示板に貼られたポスター。
凶悪犯の指名手配写真の隣。スーツにネクタイ姿、今持っている社員証と同じ写真。紛れもなく自分の顔がそこに居る。下に書かれた文字を追う。
『使命手配 山田武彦 進捗報告せよ ○□株式会社』
「何これ…え?」
事務机に向かっていた警官が立ち上がるのが見えた。

新たに可決されたサボり禁止法が営業マンを包囲する。

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