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東大の三年生です。色々と文章を書きます。 週に一回は投稿する予定です。

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最近の記事

【短編小説】 旅の終わりに

二日前からだろうか。すっかり骨張ってしまった腹の内側から食欲が湧き上がって来るのを感じる。体もやけに軽い。私ももう長くないのだと思う。 純白の薄いカーテン越しに、ピンクと水色が透けて見える。86回目の春か。 私に食欲が戻ったのを聞くと、娘は「お父さんが好きな抹茶のやつ買ってくるよ」と嬉しそうに孫を連れて病室を出て行った。 だが、私は知っている。本当に終わりが近い人間には、最後の最後で残った力を絞り出すように元気な瞬間があると。落ちる前の桜が「もう後は無いのだから」と懸命に

    • サヴォア邸にて

      パリから電車で1時間の郊外にその邸宅はある。たった1時間だが、街の喧騒から離れるには十分だ。パリの街は上を向いて歩けば美しいが、下を見ればゴミと目が合い、気まずさから目を逸らす。 サヴォア邸の周囲は芝生で覆われ、所々にたんぽぽやコスモスが顔を覗かせる。僕は若草色の芝生に腰を下ろし、彼らをじっと見つめる。周りは木々に囲まれており、世界から隔絶されているような気がして空を見ると、春の晴天が広がる。 雲の色をした、異質な造形の邸宅に僕は目を移す。ここへ来るまでに通った住宅街のど

      • [短編小説] サントリーニの夜

        白を基調とした内装は、窓から見える暗闇を引き立てていた。窓の外からは猫が喧嘩している鳴き声が聞こえる。黒板を引っ掻いたような音が耳に障る。 「今回、取材を受けてくださったのは何故ですか?」 「何でって、あなたが取材依頼を申しこんできたんじゃないですか。内容は物騒なものだったが。」 しわがれた声でゆっくりと話す長の声は、移動で疲れた体を更に気怠く感じさせた。コペンハーゲンからアテネまで3時間、アテネからサントリーニまでは1時間ほどのフライトだった。サントリーニに上陸してから

        • あの香り、メメントモリ

          僕らは明治神宮の桜を見終わり、駅へ向かっていた。絵里と大輝は僕よりも歩くのが速く、いつものように少し前を歩き、冗談を言い合いながら小突きあってる。大輝が振り返って僕に言う。 「なあ、この後どうすんの? 今岡家?」 「またかよ」 僕は呆れて笑った。いいじゃんね、と大輝は不満顔の絵里を説得にかかった。 爽やかな春の日には似つかない、こってりしたラーメンを想像する。まあそれも僕ららしいか。足元の引っ掛かりに気がついて見ると、靴紐が緩んでいた。しゃがもうと、体を少し低くする。春

        【短編小説】 旅の終わりに

          ホワイトアウト

          あの夜、あの吹き荒れる吹雪の中、先の見えぬ道を車は慎重に軽快に進み続けた。私たち家族はそんな風に生きている。 「雪強くなってきたな」 隣でハンドルを握る父が言った。確かに、窓を掠めていく雪は力強さを帯びていっているように見えた。これが北海道の雪か。中学生だった私は、旅行の非日常感と見慣れぬ吹雪で少し興奮していた。夕方まで別の場所を観光していた私たち家族は、滞在する予定のホテルに向けて出発していた。 山の道道(県道は北海道だと、どうどうと呼ばれるらしい)を進んでいた私たち

          ホワイトアウト

          デンマークにも血は流れる

          突然ですが、僕は現在デンマークに留学しています。以下はノンフィクションです。 ***** 最近、デンマーク人と交流する機会が多々ある。大学で週に一度開催される日本語カフェには、日本人やデンマーク人、それ以外の国の人たちが集まり、会話を楽しんだりゲームで遊んだりしている。そこに集まる日本人以外の人たちは、日本語や日本の文化に興味があり、少なからずそれらを勉強している。なので、たまにびっくりするくらい日本語が流暢な人もいる。日本語がすごく上手い人とは日本語で話したり、あまり得

          デンマークにも血は流れる

          吐いた彼女、吐けなかった僕たち

          ある日の記憶を急に思い出した。 ある一瞬の記憶と言った方が正確だろう。 それが何限目であったのか、その当時何年何組にいたのかさえもひどく曖昧だ。 記憶とは本当によく分からない。なぜこんなことを?と尋ねたくなるような、断片的で文脈から解き放たれ、おおよそ時系列からも浮いてしまったような出来事がいつまでも頭にこびりついて離れないことがある。普段意識されることはないが、ふとした瞬間に脈絡もなくそれはやってくる。とにかく、今日、その記憶は僕の意識に急に浮かんできた。 それは小学校

          吐いた彼女、吐けなかった僕たち

          「初秋、晩秋の記憶」

          店を出ると彼女は「寒い」と呟き、ポケットから手袋を取り出してその細く白い指を入れた。数日前から急に冷え込み、街を行く人の服装もいつの間にか厚手になっている。いつもと同じような心地よい無言の中、駅に向かっていると前を向いたまま彼女は言った。 「ねえ、私のこと好きになったのっていつ?」 突然の質問に僕は面食らった。 「どうして急に?さっきのワインで酔ってる?」 「少しね。けど、結婚して今日で十年じゃない。ここで聞いておかないと知らないまま死んでしまう気がする。もし死ぬ直前

          「初秋、晩秋の記憶」

          Summer

          何かをしなきゃいけない。 何かを書かなきゃ、物語を紡がなくちゃいけない。 彼ら、彼女らが。あの光景が。語られるのを待っている。 もうちょっと待っててくれるかな。

          東大受験とシン・エヴァンゲリオン

          「解答をやめてください。以後の記入は不正行為とみなします」 前の方で腕時計と睨めっこをしていた初老の試験官がそう言うと、シャーペンを机に置く音が連鎖した。そして次に、全員のため息が一つの大きな塊となって聞こえてきた気がした。安堵感、だろうか。二日間に及ぶ長い二次試験の終了だけではなく、場合によっては何年にも及ぶ大学受験の終了が訪れたのであった。「ようやく終わった」と。 だが、僕の場合は違った。「終わってしまった」の方が感想としては近い。一年間浪人をし、二度目の東大受験だか

          東大受験とシン・エヴァンゲリオン

          ジャンプ+読み切りあらすじ  「君にオートクチュール」

          日本における服飾のトップ校、装麗学院。二年生の針生はトップデザイナーの両親により、幼少期から服飾に関する英才教育を受けてきたが、美しさとは何かを見失い、ファッションに意味を見出せなくなっていた。 ある日、授業で隻腕の青年、糸瀬と出会う。縫製など荒い部分はあるが、その服には他にない美しさを感じた。彼の美学は、あらゆる身体的特徴の美しさを洋服で引き出すこと。 学内でも異質で、冷ややかに見られてきた糸瀬。彼は、注目を集める文化祭にて、見た目に自信が持てない学生達をモデルとしたシ

          ジャンプ+読み切りあらすじ  「君にオートクチュール」

          君にオートクチュール 本文

          「また帰らなかったんだ」 不必要に広いリビングは、昨晩と同様がらんとしていた。時計の針はもう八時を指していた。急がないと。自室に戻ると、パジャマを脱いだ。クローゼットの中は、親のブランドの服で一杯だ。 「これと、これでいっか」 私は針生千服。この春から、装麗学院の二年生になった。装麗学院は日本におけるファッションのトップ校であり、世界で活躍するトップデザイナーを多数排出してきた。 新宿駅を降り、学校に向かっていると後ろから小走りで走ってくる足音が聞こえた。 「おっはよ〜千

          君にオートクチュール 本文

          派手に笑う、kolorを着た彼女

          彼女は派手に笑って、僕の手をぐんぐん引っ張って行った。花火やライオンを彷彿とさせるような、本当に派手な笑顔だった。襟元が鮮やかなkolorの洋服が、一層それを際立たせた。目の大きさがどうとか、鼻の高さがどうとかなんて忘れさせてしまうくらい、根源的な魅力がそこにはあった。実際、今となっては全く具体的な要素を思い出せないのだ。 「そんなに無防備な笑顔を見せるのって、少し躊躇ったりしない?」 衝いて出た僕の質問に、彼女は何か答えたが、長くは続けなかった。 「記念写真撮ろうよ」

          派手に笑う、kolorを着た彼女

          皆既月食と天王星食。そして、受け入れがいた事実について。

          皆既月食と天王星食 今このnoteを書いているのが11/9の深夜1時くらいになる。遡ること約6時間前、陽が沈みすっかり暗くなった空では世紀の天体ショーが起こっていた。私は天体について特別詳しいとかそういうわけではないが、人並みの興味がある。色々と調べてみると、今回はどうやら皆既月食と天王星食が同じタイミングで起こるらしい。皆既月食は聞いたことがあるが、天王星食については聞き馴染みがなかった。この天体ショー関連の記事の見出しには、「442年ぶり」という言葉がよく見られた。442

          皆既月食と天王星食。そして、受け入れがいた事実について。

          初めに

          noteというものを始めて見ることにする。 なんでだろう?  何で私はnoteを始めるのだろう。ここ最近(もしかしたらずっと前からかも)、自分の中で何かを言葉にしたいと思うことが増えてきた。何気なく見た空の美しさとか、自分の好きなモノに対する思いとか、これまでの短い人生なりに得てきた「哲学」的なものとか。それらは、普段生活していて急に思考に流れてきては突然去って行ってしまう。時に清らかに小川のように、時に荒々しい濁流のように。そういった水の流れに、時には手を入れて溢れない

          初めに