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シロクマ文芸部

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お題の言葉を冒頭一語目にして作品をつくる、シロクマ文芸部への参加記事です。
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シンキロウの降る庭

シンキロウの降る庭

消えた鍵の重さを、てのひらが感じているのが不思議だった。

手渡された銀細工は、装飾のほどこされた持ち手よりも、差し込まれる先端の複雑さのほうが心を打った。使い方を知らなければ、うつくしい骨董だと思ったかもしれない。旧式の鍵を実際に見るのは初めてだった。鍵は半世紀前に廃止された、消えた代物のひとつだった。

「来てくれてありがとう。自分では、使いどきがもう分からなくて」

悪びれる様子もなく 、天

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平熱のティータイム

平熱のティータイム

「春の夢なので、三十六度がちょうど良いでしょうね」

茶師に言われて頷いたけれど、お茶のことは何も知らない。
霞がかった空色を広げる晴れた午後に、店にいる客はわたしだけだった。L字型をしたモルタルのカウンターには炉が備えられ、据え置かれた鉄釜からほのかに湯気が上がっている。そこへ音もなく柄杓が沈められると、汲み上げられた湯は白い陶器にそそがれた。みっつ並べられた湯さましの、いま湯の張られた右側の器

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春のダイヤ改正【新生活20字小説】

春のダイヤ改正【新生活20字小説】

変わる時刻表。轢いた時間を隠すみたいに。

(了)

シロクマ文芸部の企画「新生活20字小説 」「お遊び企画<変わる時>に参加させていただきました。

最初のトモダチ【新生活20字小説】

最初のトモダチ【新生活20字小説】

だるぅと笑う新品の制服の子は半分だった。

(了)

シロクマ文芸部の企画「新生活20字小説 」に参加させていただきました。

卯月にコックリさん【新生活20字小説】

卯月にコックリさん【新生活20字小説】

 も  1   き   る き   ん  い
と  ち 0 で   よ   る こ    く
  だ   0  る   で     や  

(了)

シロクマ文芸部の企画「新生活20字小説 」に参加させていただきました。

人形に耳打ち【新生活20字小説】

人形に耳打ち【新生活20字小説】

彼女に部屋を譲るから御札剥がしておくね。

(了)

シロクマ文芸部の企画「新生活20字小説 」に参加させていただきました。

下宿シャンプー【新生活20字小説】

下宿シャンプー【新生活20字小説】

慣れない匂い。ゆるい水圧。慣れない視線。

(了)

シロクマ文芸部の企画「新生活20字小説 」に参加させていただきました。

15個目の手のひら【新生活20字小説】

15個目の手のひら【新生活20字小説】

新歓で先輩に肩抱かれた、と思ってたのに。

(了)

シロクマ文芸部の企画「新生活20字小説 」に参加させていただきました。

格安ワンルーム【新生活20字小説】

格安ワンルーム【新生活20字小説】

新居で足音に耳を澄ます。ひとりじゃない。

(了)

シロクマ文芸部の企画「新生活20字小説 」に参加させていただきました。

羽化

羽化

朧月がふたつ、目をひらくと、それだけがぼんやり見える。

いつもみたいに、泥がたまっているんだろう。ポケットから取り出した目薬のふたを手探りで開けて両目にさして瞬くと、まぶたのうらにたまっていた泥が流れでて、まっしろな洗面台に、ぼたぼたと落ちるのが見えてきた。

目薬をさしてまばたきをして、泥を流すのは気持ちがいい。

すっかり視界が戻ってからも、他にすることもないので、日がな洗面台の前で目薬をさ

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春と風呂を沸かすときの心持ちは、少し似ている。
わくわくするような、せっかくだからキレイになりたいような、でもうっすら面倒くさいような。
だから先延ばしにしたい気がしないでもないけど、やっぱり知らされるのを待ちわびて、耳をすませてしまうような。
窓から吹きこむ風の中に、春の土の匂いを感じてうきうきする。
残りおよそ5分で風呂が沸く。

未来にイタズラ

未来にイタズラ

「青写真がいい」と言うので、感光液を塗りつけた画用紙に40mm × 30mmサイズのネガフィルムを重ね、紫外線に当ててから紙を水で洗い流し、真青な天狗様のバストアップを印画する。

写真は真正面から撮られているせいで、鼻の突き出る様子も分からない。満足そうに見入っている天狗様に「青色でいいんですか」と確認すると「赤は飽きた」と即答し、丁寧に切り抜いた写真を履歴書に貼りつけている。

経歴や趣味特技

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白日のリーダー

白日のリーダー

雪化粧されるとキレイに見えるって、校長先生が朝礼で言ってた。

だからここに来たのかな。わかんない。
十年前に廃校になった小学校の、校舎に囲まれた中庭はのっぺりと積もった雪で花壇も通路も一緒くたになって、キレイというよりは空っぽって感じ。無人のピロティに突っ立ったまま、昨日とはまるで別世界に思える中庭の端にたつ、百葉箱をしんと見つめてみる。

「隠そう」と言ったのはわたしだった。

スイミーとナッ

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幼馴染

幼馴染

本を書くひとでしょ、って言われると、あのひと嫌そうな顔するから面白いよ。

違う名前で呼ばれてるような気がするんだって。
「それって、ワタベなのにワタナベって呼ばれる感じ?」って聞いたら、
「タバコなのにイケダって呼ばれる感じ」って言ってた。
意味分かんないよね。
本を書くひとって、ときどき、ホントに何言ってんだか分かんない。

あたしは本なんて読まないよ。
紙の表にも裏にも小さな文字がぎっしり書

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