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白日のリーダー

雪化粧されるとキレイに見えるって、校長先生が朝礼で言ってた。

だからここに来たのかな。わかんない。
十年前に廃校になった小学校の、校舎に囲まれた中庭はのっぺりと積もった雪で花壇も通路も一緒くたになって、キレイというよりは空っぽって感じ。無人のピロティに突っ立ったまま、昨日とはまるで別世界に思える中庭の端にたつ、百葉箱をしんと見つめてみる。

「隠そう」と言ったのはわたしだった。

スイミーとナッペと、3人でいつも遊んでる公園のトイレの軒下に、ものすごく丁寧に捨てられたネコを見つけて。ウォーターサーバーの段ボールには裏起毛のブランケットが敷きつめられて、段ボールの横には子ネコ用のキャットフードまで置かれてた。やわらかなベージュのネコだった。「ニー」と高い声で鳴き続けるのをなだめるみたいに、ホワホワした毛を代わる代わる夢中になって撫でまわしてたらどうしようもなく惜しい気持ちになってきて、この子隠そう。わたしが誘うと2人は目を丸くして、けれどすぐに、うっとりした顔で頷いた。

「モコ」と名前をつけたのもわたしだった。

モコはわたしたちで育てよう。言葉の甘やかさに興奮しながら、何度でもくちぐちに言い合って、段ボールを廃校に運んだ。閉鎖されている廃校に入り込むことのできる、子どもひとり分の隙間が焼却炉の裏にあることをわたしたちは知っていた。忍び込んで、あたりを見回しながら、こっそりと中庭に向かった。静まり返った校舎にモコの高い声が反響するたび、わざとらしく首をすくめて、くつくつと笑い合って。

モコの家作ってあげよう。と張り切って言ったのは、スイミーだったか、ナッペだったか。
覚えてないけど、どっちでもいいや。
「ここがピッタリじゃない?」って浮かれながら百葉箱の中に段ボールを入れたのも、やっぱり、わたしだったから。

ピロティを風が吹き抜ける。コンクリートのつめたい匂いが、今日は雪のひかりに濡れて、なんだか透明じみている。

百葉箱って白だと思ってたけど、屋根の上に雪がのってると、ぜんぜん白く見えないね。雪の白に比べたら薄汚れてるし、そもそもペンキだって剥がれてる。モコを中に入れたときは、完璧な、まっしろだと思ってたのに。

真っ白。

スイミーとナッペは、真っ白のままアンケート出したって言ってた。何も書けなかったって。悲しそうな顔して。この廃校、公園にリニューアルされるんだって。どんな公園にしたいですか、って、市から来たアンケートが今日の5時間目に配られたの。わたしは、書いたよ。遊具と、噴水と、ボール広場にマルをつけて「ベンチをたくさんおいてください」って、くちびるかみしめながら、大まじめに書いた。それ言ったら「すごいね」って、ぼんやりした顔で2人から言われたんだけど、あれって、「すごい馬鹿なんだね」って意味でしょ?

合ってる。わたしって、馬鹿なんだと思う。だって、隠した翌日にモコが死ぬなんて、本当に思ってなかったから。

段ボールの中で、モコは毛羽立って平べったくて、半開きの目のふちがほんの少し乾いてた。あっためた牛乳を魔法瓶に入れてきたスイミーと、ホッカイロをたくさん持ってきたナッペと、モコの表札を作ってきたわたしと、だから3人で崩れ落ちて泣いた。簡単に泣き止んだらいけない気がして、気持ちが落ち着きそうになったらモコの死骸をチラ見して、今まででいちばん、長い時間をかけて泣いたと思う。

「埋めよう」と言ったのはわたしだった。

百葉箱の下に穴を掘って、スイミーとナッペがさわれないって言うから、わたしが段ボールに手を入れた。横たわったモコの、揃ってピンと伸びた後ろ足をつまんで、顔の下に手のひらを差し入れて、ゆっくり体を持ち上げたらクリスマスに食べたローストチキンみたいな感触で。でもそんなこと言うわけにいかないから、黙って穴に入れて土をかけた。もうちっともモコモコしてない毛の隙間という隙間ぜんぶに、土が入り込んでいくのを見ながら、

隠さなかったらよかったね。

と、ひっそりと呟いたのはスイミーだったか、ナッペだったか。
覚えてないけど、本当に、どっちでもいいや。
隠したせいでモコは死んだんだし、「隠そう」と言ったのがわたしだったことは、どっちみち、変わらないから。

枝に積もっていた雪がするりと落ちたけど、何の音もしなかった。
廃校がリニューアルされて、ものすごく明るくて幸せな場所に生まれ変わるところを想像してみようと思ったけど、そんなこと出来るわけがなかった。
ねえ、わたし誰のせいにもできないの。
ゆっくりとその場にうずくまる。ピロティのふちに薄く積もった、画用紙の表面みたいな淡雪を、ひとさしゆびでなぞり溶かす。



<1818文字>

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シロクマ文芸部の企画に参加させていただきました。


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