青が群れる

群青とは、藍銅鉱を砕いたときの青が、群れ集まっている様子からついた色の名。群青という名に妙に執着し、この由来を知った今日。この世界で青いものと言えば空で、それは平坦を思わせ切れ目がないから、「点描の『青が群れる』」と表現されているのではないか、という考察が玉砕した瞬間だった。
石を「砕く」という行為から、色は単一ではなく集まって成っていることを思わせる。いろいろな要素が作用し合い、絡み合い、燻り合い、個となる。
ただひとつ気になったのは、「砕いた様子」から名付けたというところ。名付け親は、藍銅鉱を採掘した人なのか、見た目がすでに青い藍銅鉱をさらに砕いた人なのか。いずれにせよ、大きな母体から引き離されたときはじめて発現したその色に、命は吹き込まれることになった。
どこか、わたしたちとよく似ている。
人の中から生まれ落ちる過程を経て、他人と自分の境界線などどこにあるのかもわからなかったわたしたちは、そうやって互いに離れてみてはじめて、自分の色を知ることになるのだから。掌に群れるその色が、わたしの中を満たすように、名前を求めて波打つまでよ。もし藍銅鉱がわたしだったなら、粉々になった別の自分を、深く紫がかり青く美しいと形容してもらえたら、どんなにいいだろうかと、思うに違いない。

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