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ずっと会いたかった


亡くなった祖母に会った。

おかしなことを言っていると思われるならそれでもいい。でも確かに会えたと確かにそう思える夢だった。ほんとうに夢だったのかな、そんなことを思ってしまうくらいには不思議な体験だった。

夢の中で、大人になった今の私を見て祖母は「大きくなったね」と頭を撫でてくれた。祖母は亡くなる少し前くらいの、当時のままで、相変わらずとてもやさしい顔で笑っていた。

夢の中の私は「なんで、なんでいるの」と混乱しながらも大泣きして喜んでいた。自分の顔は見えないけれど、涙で目が滲んで祖母の顔がぼやけるから泣いているのだということはわかった。

祖母は頭を撫でたまま「ありがとうを言いにきたの」とだけ言い、「…を守ってくれてありがとう」と笑った。「守ってくれてありがとう」の前の言葉が歪んで聞こえず、聞き返そうとして、私の頭から下される祖母の手を握ろうとするとそこで目が覚めた。

現実の私も泣いていて、目が覚めたことを実感すると、どんどん目が滲んだ。窓から漏れる光の眩しさで外は快晴だと知った。

リビングから聞こえる彼の生活音で少しずつゆっくりと現実へ意識が戻り、それでも涙は止まらなかった。悲しいとか寂しいとかそういう涙ではなかった。ただ、止まらなかった。

身体を起こして鼻をすすりながら声を出して泣いていると彼にまでそれが聞こえたようで、「泣いてる?どうした?怖い夢でも見た?」と心配した様子で寝室へ入ってきた。

激しく首を横に振りながらそれでも泣き続ける私に彼は少し戸惑いつつも、隣に座って肩を抱いてくれていた。

落ち着いたあとで、「おばあちゃんに会った」と言いい、彼に覚えている夢の中のことや起きてからの感覚を必死に話した。

彼はひと通り聞いたあとで、小馬鹿にした態度は一切取らずに「大人になった姿で会えてよかったね、こんなに美人に成長しておばあちゃんもびっくりしただろうなあ」とちょっとふざけながら笑ってくれた。

「ほんとうだよ」「ほんとに、会えたんだよ」と私が必死に言い続けていたからか、彼は「ん、わかるよ何も疑ってないよ」「おばあちゃん、ありがとうって言いたかったんだろうね」と私の頭に軽く触れた。

祖母のことを強く思い出したり、縋ったり、そんなことも最近は特になかったし、命日でもなんでもなかった。だからほんとうに突然のことだった。

「会いたい、夢でいいから会いたい、ひとことでいいから話したいと何度も願っていたときは全然夢に出てきてくれなかったくせに」と私が言うと、「だからでしょ」と彼が言った。

「多分、もう大丈夫だろうって今ならって思ったんじゃないの」と言われ、大丈夫って何がだろう、と思ったけれど、彼がなんだか幸せそうな顔で笑っていたので聞き返すのは無粋だと思い「うん」とだけ相槌を打った。

その日、なんとなく母に「おばあちゃんが夢に出てきて少し話した、話したっていう感覚がちゃんとある感じ」とだけLINEすると母から電話がかかってきたので「どうしたの」と言おうとすると、それを遮って「ママも今日夢で話したのよ」と少し興奮した様子で言った。

あまりにも驚いて私も母も少し黙りん込んでいたけれど、どんな話をしたのか、どんな雰囲気だったのかとか、そういう話にはお互い一切触れなかった。

「不思議なことってあるんだね」と母が言ったので「そうだね」と返し、少しだけ世間話をして電話を切った。

その日は一日中ふわっとしていたけれど、どこか清々しさもあって、不思議と「目が覚めないで欲しかった」とは思わなかった。

もう一度会えるならそりゃ会いたいし、私からも話したいや伝えたいことだってもちろんたくさんある。けれど、それはきっとまだまだ叶わないんだろう。

「守ってくれてありがとう」の前の言葉は分からなかったけど、目が覚める目前に見た祖母の穏やかな表情で、私がその何かを守れたことで、祖母が心から安心しているということだけは分かった気がする。

春の訪れを感じさせるような、よく晴れた日だった。

歩き慣れた道に長く伸びた彼と私の影を見ながら、祖母の顔や声を思い出し、彼の手を強く握った。

手を繋いだまま「生きなきゃなー!」と私が声を張って手を上にあげて身体を伸ばすと、彼も笑って両手を上げて「生きようなー!」と言ったので、楽しくなってしばらく笑っていた。

一瞬だけ強く吹いた風は、少しだけ春の匂いがした。

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