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掌編

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掌編|無機質な温もり

掌編|無機質な温もり

キッチンの灯りからは、ため息が聞こえる、走馬灯のように日々を回想させる、オレンジ色の記憶は、少しずつ違う色に変わっていった、ごきげんよう、春はもうすぐ着地するよ、未だ、心は乾いたままだ

喉を潤そうと、冷蔵庫にお願いしても、中身はすっからかんだ、仕方なくコンビニへ向かう、途中ですれ違う人々は、皆、どの方向を指差しているのか分からず、路頭に迷っているように見える、乾風が吹くとともに、髪は乱れ、何処か

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掌編|風化

掌編|風化

空が青い、この上なく青い、そう思えた瞬間に、心はまだ、あの頃を仕舞い込んだままでいる事を僕に知らせるだろう、雲が流れる方へ目をやりつつ、明日のことに思いを馳せて、ウキウキとするような日常は、今の僕にはない、悲しみは雨のようだと言うけれど、本当に悲しいのは、晴れの日に、その自然の恵みを受け入れられず、そこに蓋をしたくなる心情であろう、この空の青さは、無理くり、僕が肯定的に捉えようとした美しさであって

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掌編|無情の仮面

掌編|無情の仮面

秋の風だ、涼やかで、冷たくて、ひんやりとしていて、灰色のパーカーの裏起毛が、ちょうど良く感じられる空気感に、こころを預けてしまいたくなる風だ、落ち葉が地面を蹴って、それほど高くはないガードレールよりも下の位置に、水溜りを避けて着地した、靴音は止んで、ヘッドライトの強い光が、残像として私を横切る、眩い光は、沿道に等間隔で設置してある街灯の、夜にしか主張しない謙虚さの発信だ、私は、パーカーのポケットに

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掌編|恋という響き

掌編|恋という響き

ある朝、眼が覚めると、隣にいたはずの君がいなかった、それは蜃気楼のように、実体があるようで、それを掴めないような感覚だ、匂いだけが残されている、気取らない匂い、トリートメントの優しい匂い

仕方なくベッドから起き上がると、いつもそばにいるはずの猫が、今日は何処にもいない、餌を欲しがる為に、イタズラするのが常であるのに、ボンヤリとそこに在ったという表現が当てはまるように、存在だけがすっぽり消えている

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掌編|無色

掌編|無色

春は穏やかに僕らの心を染める。ピンク色の風は、あなたの黒髪をなびかせ、トリートメントの芳香を、周りに浴びせる。鼻腔に延びていくその香りは、いつも僕を安心させたし、不安にもさせた。いつかこの香りが思い出に変わってしまった時、その香りを見つけるたびに、あなたを思い出す弱気な僕が顔を出すだろう。赤い橋の欄干に、手をついたあなたは、下方で流れる細くも大きくもない川を見下ろしている。桜はまだ咲いていない。

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掌編|混じり気のない無色

掌編|混じり気のない無色

この掌編は3分で読み終えます

ふとした瞬間に現れた、それはそれは、肌を突き刺すような痛み、その時に感じる憂鬱、されど、何故か希望を纏う、空気感染するそれは、人を、様々な路線へと導く、ある人は絶望と対峙し、ある人はただ毎日に祈りを捧げる、喜ぶ人もいれば、膝をついて、その運命を憎む者もいる

勝ちや負けを、一心不乱に競い合って、得られるものはたかが知れている、それを、予定調和の如く、どの時代でも、人

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掌編|勝手にしやがれ

掌編|勝手にしやがれ

この掌編は1分で読めます

毎日が陰鬱とした気分だった、フランス映画の語り口調は、黒の遮光カーテンから漏れる光によって、より眠気を誘う、「愛しているつもりであなたは愛しているのね、それは愛とは言わないわ、自己愛よ」背の低いテーブルの質感だけが本当だった、意識と無意識が混在しているような、薄い日々、匂いはない

時たまに、胸がざわつく想いがするものだから、日向で寝転ぶ猫のような気分のまま死を迎える

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掌編|反響

掌編|反響

餌は用意できたか、竿は、糸は、その全てが魚を釣る要素だ、どれも抜けてはならぬ、そうだ、ちょうど君の横顔のほくろも、君を作る要素だ、それが無くなれば君じゃない、心の傷かい、そんなものは捨ててしまいなさい、そう簡単に捨てられれば苦労しないって?ごもっともな意見だ、そんな簡単には捨てられない、僕もそうさ、嫌なことがあっても、抱え込んで降ろす事の出来ない荷物として、鎖で自ら巻いてしまう、南京錠でがっしり鍵

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掌編|伝言

ある朝、眼が覚めると、目の前に見知らぬ猫が居座っていました。布団の上に乗っているので、何かに押しつぶされそうになった夢を見ていたのはこやつのせいかと、悪夢の汗の理由を理解したのです。でも、どうやってこやつは、私の布団の上に乗ったのだろうか。カーテンが風に揺られているので、よく見ると、網戸が開いているではありませんか。昨夜、少しの暑さにひんやりとした風を浴びたいと、開けていた窓から、どうやら猫は侵入

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掌編|知られざること

欲を言えば、貴方を抱きしめていたかった

別れの日は、突然、やって来るものではない、徐々に匂いを放ち、立ち込めるその空気に、いよいよと、心の準備を整えていく、ある日、交わした言葉が、亀裂を生み、シャツのボタンを掛け違えたような心地になった、少しくらい待ってと伝えても、手遅れで戻れない事柄なんて、この世界ではざらにある、虫が息を潜めて鳴いていても、それに気づけない、あっという間に、雲は太陽を隠し

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掌編|黄色いお団子

掌編|黄色いお団子

この掌編は10分以内に読み終えます

今宵、月が綺麗に浮かんでいたら、お月見でもしようか。肌寒くなってきたから、軽い羽織ものでもあしらってさ。お団子は、近所のスーパーで調達しようか。作ってみるのも悪くないね。白玉粉、うちにあったっけ。

薄暗い部屋の中で、僕は彼女に声を掛け続けていた。彼女は、韓国ドラマに夢中になっているところだ。1K8畳のフローリングの上に、シングルサイズのベッドが重鎮している。

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掌編|沈黙

掌編|沈黙

この掌編は、1分以内で読めます

サテン生地のパジャマを着た彼女の、白さが際立つ両脚を見るのが僕は好きだった。剃り跡のチクチク感さえなく、サテン生地と同等の滑らかさを、僕の右手の人差し指は感じていた。彼女は一つ息を吐いて、僕の右手の甲の部分を覆い隠すように、小さな手を置いた。

「あなたの指で触れられる感触、私は好き」
「別にいやらしい意味じゃないんだ。ただそうやっていたいだけ」
「私があなたの耳

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掌編|寂寞

掌編|寂寞

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毛糸のマフラーを編んでいる
暖炉の残り火は、パチパチと音を立て
冬の静けさをさらに演出させた

前後に揺れる椅子の
そのリズムがあなたのリズムなのよ

普段、編みもしないマフラーは
歪な形を描いて行く

君が残した香り、その足跡の続きを
僕は不器用ながらもこの椅子に座って
君がよく座っていた椅子に揺られて
ワインを零したような濁りのあるくすんだ色を
別の手が紡ごう

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掌編|白濁

掌編|白濁

それは、遥かに美しい。銀色の白雪を背に、影が伸びる。幾分、細まったその影は、白昼の太陽の日差しによって眩しくなる、ひどく固まった雪の光と共に、私の進行方向に伸びている。眩しいのだ。一面が、化粧を施したように、美しい。

目を細める。空と地面が磁石の如く、引き寄せあって、中央に一つの線が出来上がっている。白色と藍色。この空間を、瞬き一つで、私は消すことができる。一瞬にして、世界が消える。

私は、

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