掌編|風化
空が青い、この上なく青い、そう思えた瞬間に、心はまだ、あの頃を仕舞い込んだままでいる事を僕に知らせるだろう、雲が流れる方へ目をやりつつ、明日のことに思いを馳せて、ウキウキとするような日常は、今の僕にはない、悲しみは雨のようだと言うけれど、本当に悲しいのは、晴れの日に、その自然の恵みを受け入れられず、そこに蓋をしたくなる心情であろう、この空の青さは、無理くり、僕が肯定的に捉えようとした美しさであって、その美しさは、誰にとっても同じ美しさだ、だのに、僕の心はそうとはいかない、いつからこんな心になってしまったのだろう
桜が咲き乱れる時、地面に散った花びらが、道路の隅っこに追いやられている事を想像する、否、これは命あるもの死するものという自然の摂理だ、何もその想像は、排除されるべきものではない、問題なのは、今ある輝きが、自分の心とリンクしていないことにおける、違和感への対処だ、人はみな、その桜に魅了される、僕もその桜にうっとりとする、しかし、何故だろう、悲しむ理由が何処にもないのに、桜は思い思いの感情を抱かせる、それが別れなのか、明日への希望なのか、人によって変わるものの、子供の頃のような純粋な見方は出来なくなった
冷たい風が吹く時、身体は体温を上げるために身震いを起こさせる、防衛するために必死に震えさせる、身体は縮こまり、両腕を身体に巻き付けて、自分の体温で自分を温める、そんな自然さで、美しさに素直になれる日が来るのだろうか
一匹の野良猫が、距離を保ったままこちらを見ている、自然な距離感で、半信半疑の予防線を張って、賢い生き物だ、無様な姿を曝け出す人間よりも、よっぽど良い日々を生きている、電柱のカラスはそれを眺めている、石ころは普段通りにその場を動かない、ありふれた雑草は、ただ風に吹かれ、気持ちが良さそうだ、では僕は
前へ進もうとして、後ろに進む、立ち止まっているつもりで、床に這いつくばっている、ふたつの狭間で、揺れ動くのは、自分が殺されるか、誰かがやられるか、明日は過去をふんだんに詰め込んで行手を阻む、人は息をする中で、ただただありのままに生きていくことが難しいようだ、不思議だ、空はこんなにも青いのに
飛行機雲が北東に延びていく、仰向けに寝転んで、野良猫と一緒に、雲を追う、光は柔らかい、雑草の匂いがあたりを立ち込める、頬をかすめるほどの風が心地よく吹く、石ころはいつも通り、その場で優雅にくつろいでいる、ああ、そんな日常が、そんな日常が幸福なのだ、あの頃を思い出したように、ペットボトルの水を一気に喉に流し込んだ
いわゆる、駄文