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小説とか詩歌とか

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幻視者になりたい。
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2020年6月の記事一覧

【短編】まよなかデパート

【短編】まよなかデパート

 狭いひとり用の寝台のなかで、ふたりの鼓動が響きあっている。おぼつかない指先どうし、私たちはそれぞれの輪郭に触れあっていた。まだ裸になっていないのに、彼の身体は冷たい。冷たくて、しっとりとしている。冬のはりつめた空気みたいだ。
「新しいのにしようかな」
 窓から射す月のひかりを見て、私はつぶやいた。
「なにを」
「カーテンを。一緒に暮らしていくならさ、もっと新しくて特別なものが欲しいでしょ。ふたり

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【短編】茨のドレス

【短編】茨のドレス

 なめらかなトルソーに着飾られた芳しいドレス。上半身には真っ白な幼いばらを、スカートの部分にはそれぞれ濃さのちがう赤いばらをあしらっている、僕の自信作だ。着るときにとげが刺さって痛いんじゃないかと、野暮な記者に訊かれたけど、そんなの当然、取っているにきまっているじゃないか……スカートの部分以外は。
革手袋をして、僕はすりつぶしたトリカブトの根をすくった。スカートの内側にあるばらのとげに、丁寧

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【短編】リリィ

【短編】リリィ

「あの古時計はねじを巻かなくても、ずっと動いているんだ。守り神がいるって話を、じいちゃんから聞いたことがあるよ」
お父さんはそう言っていたけれど、ほんとうは違う。私はちゃんと知っている。あの時計の、ふりこが仕舞われているところには妖精が棲んでいて、その子がいるかぎり、針がまわり続けているってこと。
「でもどうして、あの部屋へ行ったんだ。いろいろ散らかっているから、危ないだろう」
「授業で自分

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【短編】星盗人

【短編】星盗人

 硝子ケースに並べられた星のかけらたちは、夏の日射しのように鋭くひかったり、街灯に照らされた雪のように鈍くつやめいたりしている。ひとつとして同じものはなく、細工職人がノミをいれる場所や角度によって、価値が細かく変わるらしい。星たちは真っ白なベルベットの敷布に、いろとりどりの影を落とす。これも、もうひとつの星をおもわせる。違った明かりだと、また別の顔を見せるのだろう。これほど奥が深いとは……盲点だっ

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