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詠春拳映画の最高傑作と言えば・・?

 これは私の詠春拳の師匠がまだオーストラリアに移住する前の話。誰が企画したのか、ある時私達の流派全員に声がかかり、映画館を貸し切って詠春拳の映画を観た事がありました。

それまでは、師匠と数人の兄弟弟子で、同じ流派といえど外部との接触は一切なくずっと細々とやってきていたので、突如そういう大掛かりな場がアレンジされた事に驚きました。

それは他のグループも同じだったようですが、皆「詠春拳の映画を観る」という目的の手軽さに友達連れも含めてホントに数十人は集まりました。

でも、その時見た映画は「一代宗師(グランドマスター)」という梁朝偉(トニー・レオン)と章子怡(チャン・ツーイー)が主演の映画でした。

香港に詠春拳を伝え弘めたとされる葉問(イップ・マン)を描いた作品です。

勿論映画だから何でもいいのですが、わざわざ詠春拳を習っている集団が集まって観るのに、功夫の基礎もない、アクション俳優でもない俳優さんが演じる映画を「映画」として見れても「詠春拳」として見れるわけがないじゃない、という気持ちはありました。

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でも、いい俳優さん達だし、王家衛(ウォン・カーワイ)監督なので、とても印象的な美しい映像で、アクション映画と言うより密やかなラブストーリーという感じでした。

詠春拳というテーマはその時期、甄子丹(ドニー・イェン)主演の映画「葉問」シリーズのヒットで詠春拳熱に火がついて、詠春拳を習いだす人が急激に増えていた時期だった為に使っただけで、ホントは詠春拳じゃなくても良かったんじゃないかな~と思うような、内面的なものを描いている部分が強い作品だと思いました。

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詠春拳ブームに火をつけた「葉問」

 映画を観終わると案の定、やれ「あの手が悪い」「あの構えはなってない」ナンチャラハンチャラ・・と話のタネにはなっていましたが、まあそもそも映画ですから。映画を何百回と見たってそれはそもそも武術を高める教材としてあるわけではありませんから。娯楽として楽しめればいいわけです。

でもこの事は詠春拳仲間で仲良く映画鑑賞をしたいい思い出になりました。

色々な中国功夫を題材に作られた映画は、それはそれはたくさんあり、私の習う「詠春拳」も過去にたくさんの映画が撮られてきました。

元々詠春拳は諸説ある中、女性が創始者である説が多い為、女性が主役の作品もあります。それでも「葉問」が有名なのは、この香港に詠春拳を持ってきたという事でたくさんの「葉問」作品が生み出されたせいでしょう。

映画で武道を語る事は到底できませんが、それでも香港の詠春拳仲間の間でもおススメされる詠春拳らしい詠春拳が見れる、と名前が挙がる作品があります。

それが「敗家仔(ドラ息子)」1981年制作 
洪金寶(サモ・ハンキンポー)が監督、助演、武術指導を務めた作品です。香港映画賞にノミネートされ、ベストアクション振付賞を受賞しています。

作品の邦題は「ユン・ピョウ in ドラ息子カンフー」

一発で元彪(ユン・ピョウ)が主役とわかる題名がつけられていますww

そしてドラ息子だった元彪が、人間として大きく成長をして導いていく師匠を林正英(ラム・チェンイン)が演じています。

林正英は俳優としては既に若手ではない為、主役というポジションではありませんが、私にとっては林正英が出ている映画は「林正英の映画」です。

ちなみに以前の記事に私は中谷一郎ファンでなく中谷一郎演じる風車の弥七ファンであると書きましたが、林正英の場合はちょっと違います。もちろん霊幻道士から林正英ファンとなりましたし、彼が演じる役柄の中では道士役が断然好きです。圧倒的に強いから。カッコいいから。見て悲しんだりイヤな気持ちにならないから

道士役ではない林正英は、準主役級の重要な役どころを演じる映画でさえ、命を落としてしまう事が多く、胸が痛むところですが、例えそうであっても林正英の真実味溢れる演技は本当に一見の価値があると思います。

すみません、話が少しズレました。

作品では林正英の兄弟子役で洪金寶、敵側のラスボスに陳勳奇(フランキー・チャン)が準主役、陳龍(チャン・ロン)、午馬(ウー・マー)もチョイ役で出演しています。

この映画の舞台は清の末期なのですが、メインキャスト全員が、実際に髪の毛を剃り落とした上に辮髪を付けています。京劇の旅芸人で女型を演じる林正英に至っては眉毛まで全剃りして臨んでいる事からも、如何に清末という時代を細やかに再現しようとしたかの意気込みが伺い知れます。

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当時、この作品を紹介する新聞記事

しかも眉を剃り落して女型を演じた林正英は実に美しく妖艶です。

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林正英は小柄だったことから、元々女優さんのスタントをする事が多い俳優さんでした。

あらすじはネット上に溢れておりますので、興味のある方はどうぞ。

私の方からは、詠春拳という切り口からもう少しお話します。

近年、香港では前述のとおり、「葉問」をモデルに詠春拳作品が多数作られましたが、映画の中で元彪が演じている梁贊(リョン・ジャン)、林正英が演じている梁二娣(リョンイータイ)、洪金寶演じる黃華寶(ウォン・ワーボウ)も実際に詠春拳の系譜に名を並べる人物です。

本物の梁贊は中医(東洋医学のお医者さん)でした。

昔の武術界は「一日為師、一生為父(一日師事したならば、一生父として敬う)」と言うくらい師弟の絆は強く、普通師事する師匠は一人でした。

(同じ流派であれば現実的に例えば師匠が高齢であれば、兄弟子が師匠代わりになる事もありますが、それはあくまでも「兄弟子」であり、「師匠」とは呼べません。)

しかし、梁贊は本当に梁二娣(リョンイータイ)、黃華寶(ウォン・ワーボウ)の二人に師事し、詠春拳などの技を授けられています。

映画のエピソードとは勿論違いますが、梁二娣が間に入り黃華寶に引き合わせたという流れは現実でもそう言い伝えられています。

しかも、葉問自身が詠春拳の造詣を深める事ができたのは、この梁贊の息子である梁璧から多くの手ほどきを受けたからなのです。

葉問は香港留学中に梁璧と出会い、自分が学んだ詠春拳とは一味違った、もっと汎用性の高い詠春拳を知り、大いに感化されます。

更に梁璧を通して阮奇山を知り、その手法を学びます。阮奇山は葉問と並び「詠春三雄」と称される一人ですが、この流れ的に考えると葉問は梁璧、そして阮奇山のお陰で「詠春三雄」に名を連ねることが出来たという事です。(ちなみに「三雄」のもう一人は姚才です。)

だから香港では詠春拳の使い手と崇められる葉問も、実はこの梁璧あってこそなのです。梁璧がいなければ、葉問伝説は生まれなかったでしょう。

そしてこの詠春拳の持ち味を林正英が好演しています。
色々なエピソードを創作して作られる映画ですが、実際の歴史の流れに当てはめて、葉問映画を観る前にこの「敗家仔」あっての「葉問」シリーズと思ってこの映画を観れば、また違った重みを感じる事ができるかもしれません。

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