見出し画像

吸血師Dr.千水の憂鬱㉓白紙一枚

前回の話

  第23話   白紙一枚

 確かに、これまで千水が赴任してきてからの8年間、世話になり続けてきた先輩軍団は一人も漏れなく千水の医者としての腕、そしてその治療効果には絶大の信頼を寄せていた。前任の医師には申し訳ない話だが、正直同じ医者でも、もたらしてくれる効果がここまで違うものかと驚くばかりだった。

 それは西洋医学が劣っていて、東洋医学が優れているという事ではなく、「医者」としての技量の差、抱負の差、果ては人間力の差のようなものまで感じさせた。

 患者に寄せる並々ならぬ関心度の高さと、一見突き放すような厳しい事を言いつつも、食堂のメニューを調整してまで、ロクに自己管理しない隊員達の体調管理に精を出したりと、全面的、献身的な振る舞いには、みんな内心「足を向けては寝られない」気持ちを抱いていた。

千水のような医者が常に同行して、その場で遭難者を救ってくれる。もしそんな夢のような事が実現できたら、それは本当にすごい事だった。

しかし竹内発言に対しては、誰もが楽観的ビジョンを描けなかった。

 宮森の世代には、もう同期も大卒がほとんどだったが宮森は高卒だった。勉強が全く好きではなかったからだった。就職を探す時に、体力と根性だけは誰にも負けない自信があった宮森は、元々鷹山のふもとに住んでいた地元の人間だったし、警察官をしていた叔父の勧めもあって山岳警備隊員になった。公務員試験も本人的には大層苦労したが不思議にも受かった。当時はそんな時代だったのだ。宮森の上の世代になると、高卒はもっと多かった。

もちろん、警察という仕事に使命感と情熱を持って入隊した者がほとんどであったが、先輩達の中では「高卒=勉強が好きではない」という図式が、わが身と照らし合わせて何となく出来ていた。

だから「医者」という職業に就く人間に対して抱く畏敬の念はハンパなかった。


それに、医者でさえ名医とヤブ医者とは雲泥の差なのに、ましてや素人が今から手を出して何とかなるもんなのか?!

竹内発言は、まるで雲をつかむような話に聞こえたのだ。


誰もが言葉を失って静まり返る中、千水が立ち上がって静かに口を開いた。

 「それはありがたい申し入れだが、少々かいかぶり過ぎだ。お前はここのところ緊張で寝不足だった。昂っている神経を鍼で落ち着かせはしたが、あれはお前の受け身が良かったから、見た目ほど怪我はひどくなかった。それに、警察官の仕事だけでもまだ半人前だろう。どちらも中途半端になるくらいなら、最初から手を出さない方がよかろう。しっかりと時間をかけて考えるがいい。」

千水はそう言って、なだめるように竹内の肩に手を置いた。

 結局、その場では何も決着しないまま、ご指名の千水がやんわり茶を濁したことで何となく、うやむやのままに会はお開きとなった。

 そうして、後半の夏山訓練も無事に終え、新人達もまたそれぞれの持ち場へと戻っていった。

夏山訓練を境に、新人達も鷹山三か所にある常駐拠点の勤務に一警備隊員としてしばしば組み込まれるようになった。拠点が三か所あった為、四人の新人が一か所で同時勤務という事はそうそうなかったが、四人それぞれ、派出所に事細かく記録されている勤務記録に目を通しながら、お互いの頑張りを確認し合いつつ奮闘を続けていた。

 竹内はあの夏山訓練で意思表明をして以来、千水の医術に対して湧いた深い興味を諦めきれず、峰堂の警備に当たる度、勤務が終わってから夜までの時間はずっと千水の所に入り浸り、東洋医学の勉強をし始めていた。当初は山岳警備隊の過酷な勤務情況の中で、更に医学を学ぶという事の厳しさに、竹内の身を案じていい顔をしなかった千水も、

「僕はテレビと電話を見る時間を捨てます。他の人が遊んだりボーっとしたりする時間を勉強に回します。」

と言う竹内の熱意と努力に打たれ、次第に本腰を入れて指導に当たるようになった。

西洋医学で学ぶような人体構造は勿論、全身のツボの位置や名称、東洋医学の陰陽五行説と気・血・水の概念を、千水から何冊もの専門書を手渡され手ほどきを受けながら、勤務の合間を縫って勉強し始めていた。

それは峰堂勤務の日の、忙しい合間を縫っての短い授業時間だったが、千水が覚えるように言った事は、竹内が次に峰堂に勤務に入る時にはしっかりと頭に入っていた。

竹内は高卒だったが頭が悪いわけではなかった。変な先入観や思いこみにも染まっていなかった。素直さと若さを武器にスポンジが水をぐんぐん吸い込むかのように、知識を吸収していくのを見て、千水もまた「物事を学ぶのに一番適しているのは中途半端な知識を齧った事のある者よりも、まだ何も書き込みがされてない一枚の白紙のような若者に限る」、そう実感を深めていたのだった。

続く

サポートしていただけるとありがたいです。