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【小説】愛の稜線【第9回】#創作大賞2023

 駅前のコインランドリーは薄暗く、ひどく居心地が悪い。ベンチに座って待つものの、ランドリーが古いのか、乾燥に時間がかかる。かといって、ベンチに乱暴に広げられた雑誌はどれも古ぼけていて、読む気にはならない。

 わたしはポシェットからエルドラド用のスマートフォンを取り出し、たっつんからのメッセージを眺めた。譲さんと別れて随分経つのに、彼はまだSIMの契約を解除していないらしい。エルドラドで出会った人たちとまだ連絡がつく。

「クリスマスパーティーは十五時からです」
 クリスマスを目前にしたこの日曜、たっつんはまたパーティーを開くのだとLINEで知らせてきた。大阪城に近いホテルで、スイートルームを取っているという。わたしは参加するというメッセージを送って、この日を迎えた。

 パーティーに参加するなら、それなりの下着を身につけなければならない。たっつんから言われたわけではないけれど、わたしはそう感じていた。この前のパーティーでも、女性は皆おしゃれな下着を身につけていた。

 パーティーで身につける下着なら持っている。すべて譲さんが買ってくれたものだ。けれど、その下着を、母の目の光る自宅で洗って干すことができるはずもなく、わたしはこうして駅前のコインランドリーでそれを洗って乾燥させていた。

 譲さんと付き合っていた時には、彼の部屋で洗濯も乾燥もできたのに――あのマンションを出たときには、こんな小さな不自由が生まれるなんて想像もしていなかった。

 開催時刻の十五時が近づいているのに、なかなか乾燥が終わらない。薄暗いコインランドリーは、せっかくのパーティーで高揚した気持ちを、しぼませている。

 ようやく乾燥終了のメロディーが、乾燥機から流れて、わたしは下着を取り出した。薄い青地に濃紺の刺繍が入っている、ブラジャーとソング、キャミソールのセットだ。美しいそのセットを見て、気分は少し上を向く。

 駅の寒いトイレで、そのセットに着替え、身につけていた下着はゴミ箱に放る。

「ちょっと遅れちゃうけど、今から行きます」
 メッセージを送ると、すぐにたっつんから、
「急がんでええよ。盛り上がるんはもうちょい先やと思うし」
 という返信が返ってきた。

 電車に乗り、梅田に向かう。梅田からはホテルに向かうシャトルバスでホテルに向かった。

 エレベーターで部屋に向かう。角部屋らしきその部屋は少し奥まったところにドアがあった。
 チャイムを押すと、
「早かったな」
 とたっつんがいつものスーツ姿でドアを開けた。

 中に入ろうとして、腕を掴まれる。
「どうしたの?」
「ナオミちゃん、ごめんな。事情よう知らんと、譲さんも誘ってしもてん」
「もう来てるの?」
「うん」
 たっつんはしきりと顎をなでる。

 思案する。彼が来ていようがいまいが、わたしの行動に何の変化ももたらさないだろう。
「たっつんに言うてなかったから……。でも、大丈夫」
 笑顔で返すと、たっつんは顔に安堵の色を浮かべた。

 コートを脱いで、そのまま部屋の奥に入る。すでに十人以上が集まっている部屋で、人をよけながら入ると、まず、大きなソファのあるリクライニングスペースが広がり、その奥に、大きなベッドルームが見えた。どちらの窓からも、大阪城が大きく見える。

 シャンパンの匂いを嗅いで、女性たちの嬌声を耳にしながら窓の外を眺めると、コインランドリーでしぼんでいた気持ちが、急に膨らんでいくのを感じた。

 見知らぬ男性にグラスを貰い、シャンパンを注いでもらい、グラスを合わす。グラスを傾けながら部屋を歩いていると、
「ナオミちゃん」
 と聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 顔に視線を移し、顎で続きを促す。
「あんな、ナオミちゃん。クリスマスやろ? 約束してたパソコン、買うてきたで」
 意外な言葉に、返事に窮す。

「でな、ナオミちゃん。LINEは既読にもならへんし、電話にも出てくれへんやろう?」
「だって、もう関係ないでしょ」
「そう言わんといてくれ」
 譲さんも人の目を気にしているのか、小声だが、これ以上会話したくない。

 その時、
「ねぇ、ナオミちゃん、サンタコスするでしょ?」
 というマリちゃんの声が部屋の奥から聞こえてきた。
 救われた思いで、譲さんを放って、そちらに向かう。

「なんか大変そうやね」
 マリちゃんは心配して声をかけてくれたようだ。
「大丈夫。ありがとう」
 マリちゃんはベッドに乗っているコスプレ衣装を手に取っては眺めている。

「たっつんが、買ってきてくれてんて」
 まだ新品らしきそれらは、まだビニール袋に入っていて、封も着られていない。ビニール袋の表面には、その衣装の写真が貼られている。ベッドの上にはいくつもの衣装が積まれていた。

「迷うなぁ。どれにしよ」
 一見、どれも似たような衣装に見えるが、細かなディテールが違う。わたしはその中から、一番露出度の高い、キャミソールとミニスカートになっている衣装を手に取った。マリちゃんはワンピース型のそれを選び、二人で洗面所に向かう。着替えて部屋に戻ると、たっつんが口笛を吹いた。

「二人ともかわいいなぁ」
 スーツ姿の男性たちが、同意の言葉を続ける。

「クリスマスやもん」
 マリちゃんは得意げにくるりと回る。ワンピースの裾が揺れ、その動きに華やかさを添えている。

 その様子に刺激されたのか、他の女の子たちも次々にコスプレ衣装に着替えていく。

女の子が皆サンタコスに着替えると、
「さぁ、撮影会しよか」
 という男性の声がして、わたしたちは大阪城の見える窓際にならんだ。
「一、二の」
 声をそろえて、イエーイと叫ぶ。

 シャッター音が、幾重にも重なる。カメラを持つ男性の中には譲さんの姿も見える。けれど、彼には視線を送らないで、わたしは何度もポーズを取った。
 女の子たちも、銘々、ポーズをとっている。

「な、こっちで飲まへん?」
 ワインクーラーからピンク色のラベルのボトルを取り出しながら、三十代くらいの男性がわたしに声をかけた。

「ええよ」
 ベッドで、男性と横並びで座る。

「ナオミちゃんていうん? 脚、きれいやな」
 何度も聞いたことのある言葉が、今日も繰り返される。

「そう?」
 グラスに口をつけながら、脚を、男性の太股にのせる。男性は、わたしの太股から脚の付け根までをゆっくりとなでた。唇が近づいてきて、急に止まる。

「あれ、彼氏?」
 男性の視線の先には、一眼レフを持った譲さんがいる。彼は、カメラを持ったまま、わたしたちのいるベッドルームをリクライニングルームをぐるぐる周りながら、カメラをわたし達に向けている。

「ちゃうで」
 鼻で笑う。

「え、でも、さっきからずっとこっち見てるけど」
「あの人はな、彼氏じゃないよ」
 譲さんに聞こえるかもしれないと思う。けれど、同時に、聞こえても構わないとも思う。

「彼氏じゃなくてな、わたしのファンやねん」
 男性は少し驚いたように、へえ、と言ってグラスをサイドテーブルに置いた。

「気にせんでええし。楽しもう」
 そう言って、ベッドで横になる男性に跨がる。
「クリスマスやねんで」
「ほんまやな、ナオミちゃん。せっかくのパーティーやもんな」

 男性は裾から持ち上げるようにして、コスチュームを脱がせる。下着姿になると、遠くでたっつんが、また口笛を吹いた。

「メリークリスマス」
 ベッドの横の窓のところでは、別の男女が唇を重ねている。

 男性はわたしの下着を奪うように取る。彼がわたしの胸を掴むと、カメラのシャッター音が響いた。音は、徐々に近づいてくる。
 かまわず、わたしは男性の腰に、腰を沈めた。

 シャッター音は、それでも止まない。顔の近くでストロボがたかれた。
「邪魔せんといて!」
 真横にあった、譲さんの頭を叩く。

 シャッター音はそれでも続く。連写モードなのだろうそれは、わたしと男性の姿を捉え続ける。
 腰を振りながら、もう一度腕を振る。

 ゴン、という鈍い音がして、一眼レフは絨毯に転がった。それは、そのまま絨毯を横切っていく。

 ゴロンゴロンと音を立てるそれをみた瞬間、笑いと快楽がいっぺんに押し寄せてきた。その波に、身を任せる。

 わたしの意識は、急に遠ざかっていった。

 円形の大きな風呂からは、小さな泡がいくつもぶくぶくと沸いている。エルドラドで出会った「はまちゃん」はそこに入浴剤を入れると、
「ちょうどええ感じやで」
 とわたしを風呂に誘った。

 シャワーを浴びて、浴槽に入る。浴槽の横にあるボタンを押したら、浴室は七色に輝き始めた。

「何、これ」
 言ってから、二人で浴槽の中で笑い転げる。

 金曜のこの夜、何度もLINEをもらっていた、はまちゃんと会うことになった。はまちゃんお勧めの、京橋の有名なもつ鍋屋で食事をした後、駅の裏手にあるこのホテルに入った。はまちゃんは優しく、丁寧にわたしに触れた。

「いい気持ちやわ」
 お湯を掬って、匂いをかぐ。入浴剤は、手の中でパチパチと弾け、甘い香りを漂わせた。

「なんか、夢みたいやなぁ」
 はまちゃんはそう言って、わたしの肩に腕を伸ばした。
「何が?」
 彼の肩に顎をのせ、耳元で聞く。

「だって、こんなかわいい子と、こんなんできて」
 思わず吹き出す。

「エルドラドで、何度もしたやない」
 笑いながらそう言うと、はまちゃんは、
「あれはちゃうやん」
 と真顔で答える。

「エルドラドはな、あれは、ジョーさんが誘ってくれて、そんでできたけど、今日はちゃうやん。ナオミちゃんが二人だけで会ってくれたんやし、そこんとこは全然ちゃうで」
「そういうもん?」

「そらそうやで。前はな、全部ジョーさんの言う通りにせなあかんかったやん。けど、今日は俺の好きにできた」
 はまちゃんはわたしを膝に乗せ、背中に唇をつけた。

「けど、ナオミちゃん。ほんまにジョーさんと別れたん?」
「さっきも言うたやないの。あの人から『好きにせえ』言われたんよ」
「そうか。けど……」
 背中にはまちゃんの息を感じる。

「けど、何?」
「いや、なんや、噂やねんけど、ジョーさんがナオミちゃん捜してるって」
 ふっと鼻から息が漏れる。

 クリスマスパーティーでも、譲さんは最後までしつこかった。たっつんから交通費を貰い、帰ろうとしていると、「クリスマスプレゼント」のノートパソコンを押しつけるようにして渡してきた。断る理由もなかったから、その新しいパソコンは、自宅に置いている。

「あの人は勝手やねん。自分から別れるようなこと言っといて、今更それはないわ」
「そっか。ごめんな、変なこと聞いて」

 はまちゃんはその姿勢のまま、わたしの胸をゆっくりと揉んだ。
「うふふ」
 くすぐったくて、身を捩る。

 もうその気にはならなかったが、彼の動きは止めずに、好きにさせる。さざ波のような微かな快楽が、ゆっくりと波を打つ。

 けれど、さっきと同じように、それはさざ波のようなそれだった。エルドラドでした時には、もっと、山の稜線を描くような、はっきりとした快楽に飲まれたはずだ。それは、はまちゃんとした時も、まぁくんとした時も、他の男とした時も等分に。

 しかし、二人で行為に及ぶと、なぜだかそのはっきりとした快楽は影を潜め、さざ波のようなそれだけが現れた。この前、まぁくんと酔っぱらって行為に及んだ時もそうだ。エルドラドの時のような快楽はなりを潜めてしまっている。

 はっきりとした快楽を思い出すとき、なぜだか譲さんのじっとりした目つきも同時に思い出された。

「なぁ、ナオミちゃん、今日はいった?」
 はまちゃんは面倒なことを聞く。
「うん、いったよ」
 そう答えるしかない答えを、うっとうしく思いながらも、教科書通りにする。

「そっか。それならよかった」
 振り向いて、面倒なことを言う唇を、唇で塞ぐ。舌を絡めてから、わたしは顔を前に戻した。

「そろそろ帰らなきゃ。終電が」
 JRはまだ動いているが、梅田で私鉄に乗り換えることを考えると、そろそろホテルを出なければならない。

「ナオミちゃん、泊まったらあかんのか?」
「それもさっき言うたやない。明日は朝から大掃除なの」

 もう年末だ。大学も休暇に入ったこの時期に、母はそれをすることを勝手に決めてしまっていた。あの母に、あれこれ言われるのも面倒だ。結局はその予定を飲み、明日は朝から母の手伝いをすることになっている。

「お母さんが決めたから、せなあかんの」
 そう言うと、
「ええとこの子なんやな」
 とはまちゃんは勘違いした様子でつぶやく。

「普通の家やけど、お母さんが厳しいねん」
「そっか。ほな、しゃーないな」
 声は納得していない様子だが、はまちゃんは手を引っ込めた。

 シャワーを浴びて、服に着替える。この時期のミニスカートはさすがに寒いが、無理をしてでも履く。首には長いストールを幾重にも巻いた。
 会社帰りだったのだろう、はまちゃんも、すっかりスーツに着替えている。

「ほな行こか」
 部屋を出て、ホテルの入り口にある精算機をはまちゃんが操作する。

 はまちゃんは精算が済むと、駅に向かって足を進めた。手を繋いで歩く。
 帰りの電車が違うはまちゃんは、JRの改札までわたしを送ってくれた。

「あの、ナオミちゃん。ジョーさんと別れたんやったら……」
「何?」
「……いや、なんもない」
 手を振って、改札を通る。

 優しくしてもらったのに、なぜだか、わたしの中でがっかりした気持ちが広がっていく。

――譲さんなら、お小遣いをくれたのに。

 譲さんと別れてから、現金はみるみるうちに減っていった。パーティーでたっつんに交通費だと一万円を貰ったが、タクシーを使うのも惜しく、一人でこっそりシャトルバスに乗った。浮いたお金を、財布に入れた。帰りの車内では、パーティーに来た誰かに見られるのではないかと気になり、シートに深く身を沈めた。

 階段を上り、電車を待つ。

 生活費は必要なかったが、大学でのランチ代や服を買う金は必要だ。だからといって、またダイヤモンドのような場所でバイトをするのも気が進まなかった。もともと、譲さんしか客などいなかった。あそこに、わたしの場所があるとは思えない。

 向かいのホームに電車が付き、けたたましいメロディーが流れる。

 「ナオミ」は虚構の存在だ。好きなときに、好きな人と食事をして遊ぶ。自由で、みんなの人気者だ。
 けれど、「わたし」は不自由だ。何者にもなれず、未来において何者かになるという希望も持てない。

 譲さんと別れたときは、あんなに開放感があったのに、なぜ、今は楽しくないのだろう。ヒリヒリするような快楽、今はそれが恋しい。

 ぼんやりしていると、知らない男に腕を掴まれた。

「大丈夫ですか? 今、落ちそうになってましたよ」
 知らず知らずに、ホームの際に近づいていたようだ。

 礼を言って、酔っぱらったみたいで、と言い訳する。

 ホームのベンチに座り、電車を待つ。手に息を吹き、わたしは嫌な考えから自分をそっと遠ざけた。

 世間では、今日か明日には年末休暇に入るらしい。明日から休暇となる父も、今日は早くに帰ってきて、さっきからダイニングで新聞を読んでいる。

 ソファに座ってテレビの電源を入れたものの、もう年末の特別番組だらけで、面白いと感じられるようなものもない。わたしはソファに三角座りをして、パーカーの裾をGパンの足まで引っ張って包んだ。手足が冷え、なかなか暖まらない。

 はまちゃんと遊んだ翌日の今日、わたしは母の手伝いとして、昼間は窓を拭いたり、床にワックスをかけたりと動き回った。夕方になってやっと解放されたが、外から水を使って窓拭きをしたから、指の先まで冷えたままだ。おまけに、雑巾で床のワックスがけまでしたから、腰も痛い。

 まだワックスのツンとした匂いが残るリビングに、キッチンから夕飯の湯気が漂ってくる。母はお節用でもある、煮染め作りに取りかかっている。

 その様子を見て、わたしはパーカーのポケットからスマートフォンを二台取り出した。

 普段使いのスマホには、エリカからのメッセージが届いている。インターンシップに行くことになった先輩の代役で、ヴァイオリンのピアノ伴奏をすることになったらしい。譜めくりを頼むメッセージに、OKマークのスタンプを送る。

 譲さんに貰った、エルドラド用のスマホも開く。別れてずいぶん経つのに、SIMの契約は解除していないらしい。エルドラドのグループLINEは今日も賑やかだ。どうやらマリちゃんが店に行くらしく、彼女目当ての男性のメッセージが連なっている。

 ふと、はまちゃんの言葉が耳に蘇る。――ジョーさんがナオミちゃんを探している――あんな風に別れた後も、わたしを必要としている彼に、ちょっとした自尊心がくすぐられる。LINEのメッセージ欄で、数十件も来ている、譲さんのメッセージが目に留まった。どんなメッセージを送ってきているのか、見るのも悪くない。

 譲さんのアイコンをタップすると、彼のメッセージが長々と連なっている。

 「なんで電話に出ないんや」「早く連絡してください」から始まるメッセージは、段々とその内容が変わっていく。途中からは、「俺が悪かった」「戻ってきてくれ」「何でもする」との文句が、何度も何度も繰り返されている。

 最後には、「きれいに撮れたから」というメッセージ付きで、クリスマスパーティーの夜、サンタコスプレをしたわたしの写真も送られていた。

 写真をタップして、アップにする。あの日は譲さんに目線を送らなかったから、当たり前だが、写真に目線は合っていない。けれど、大阪城をバックにしたその写真は、サンタコスしたわたしを下から見上げるようにして撮られたもので、彼の言うように、足が長くスタイルがよく見え、悪くない出来だ。

 幾分気持ちよくそれを眺めていると、
「あんた、それ、何なん?」
 という怒気をはらんだ声がソファの後ろから聞こえた。

 はっとして、スマートフォンをポケットに仕舞う。
「何なんって、言うてんねん」
 いつの間にこちらに来ていたのだろう、母は赤い顔をしてこちらを睨んでいる。

「何のこと?」
 どこまで見えていたのかわからない。とぼけるようにして、ソファから自室に戻ろうと立ち上がる。

「待ちなさい。見えたんよ、写真」
 怯んで、立ち止まる。

「何が?」
「あんた、何や、やらしい格好してたやない」
 わたしたちの遣り取りに、新聞を読んでいた父が目を上げた。

「やらしい格好なんてしてないもん」
「あんな下着みたいな格好して、やらしくないわけないやないの」

 心の中で舌打ちをする。どうやらコスプレ写真はすっかり見られていたらしい。

「下着じゃない」
 震える声で答える。面倒な事態は避けたかった。

「下着やったやない」
「ちがう。クリスマスやから、サンタのコスプレしただけ」
「そんなん、どこでしたんよ?」

 大きな母の声に、言葉に詰まる。あんなパーティーに行っていたとは、口が裂けても言うことはできない。

「どこでしたって聞いてるんよ!」
 母の声はヒートアップしている。

「か、彼氏の家」
 言い逃れるように、わたしは頭に浮かんだ言葉の中から、一番無難な答えを選んだ。

「彼氏? そんなんおるって、聞いてへん」
「言うてなかったから……」

「その彼氏ちゅうんは、あんたをあんなやらしい格好させて写真撮るん?」
「やらしい格好違うって。クリスマスにサンタのコスプレしただけ」

「せやからそれがやらしい言うてるんやないの」
 横から、まぁまぁ、と母をなだめる父の声がした。

「大学生やし、彼氏がおってもおかしくはないんちゃうか」
「あんたがそんな風に甘やかすから、この子が変なんと付き合うことになるんよ」
 火の粉はなだめる父にも降り注ぐ。

「だいたい、そのスマホ何? 前のやつはどないしたんよ?」
 母はわたしにも攻撃の手は緩めない。
「それは……」

「どないしたか聞いてるんよ!」
「彼氏に買うてもろた」
 答えに窮してついそう言うと、母の顔はさらに赤くなった。

「どないな付き合い方してんのよ!?」
 二階にも母の声は聞こえているはずだ。けれど、自分にも火の粉がかかるのを避けるためだろう、弟がいるはずの二階はひっそりとしている。

「別にええやない」
 小さな声で反論する。
「ええことないわ!」
 母の叫ぶような声に、父が咳払いをする。

「ええ加減にしとき。近所にまで聞こえる」
 母は唇をぎゅっと結んだ。

「とにかく、彼氏を一度連れてきなさい」
 父は不愉快そうな顔でわたしを見ると、そう言って新聞に目を戻した。

「そうや! その通りやわ」
 母は手を打つと、ぶつぶつと一人で文句を繰り返している。「どういうつもりか聞かんと」「変な人やったら別れてもらわんと」。

 そっと自室への階段を上ろうとすると、
「で、その彼氏はどんな人なん?」
 と母の声が追いかけてきた。

「今言わんでもええでしょ」
「ええわけないわ」

 どうやら話は終わったわけではないらしい。いつまでも追求されるのはかなわない。わたしは自室でポシェットとコートを拾うと、階段を下りて玄関に向かった。

「あんた、どこ行くんよ?」
「友だちんとこ」
「彼氏のとこ行くつもりなん?」
 なお追いかけてくる言葉をそのままに、わたしは家を飛び出した。

 行く当てなどない。Gパンにパーカーといった格好で、エルドラドや、LINEで繋がっている男性に会いに行くわけにもいかない。おまけに、親に会ってくれる「彼氏」が、すぐに必要だ。

 駅で、必死に頭を巡らせる。答えは、一つしかなかった。

(続く)

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