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<第2章:その6>先祖と自分をつなぐ場所

 自分探し、ということが流行った時期がありました。漠とした不安が若者世代を中心にあって、生き甲斐とは何だろうか、自分が人生でほんとうにしたいことはなんだろう、という疑問を抱えて、旅に出たりしたものでした。
 最近は世の中がせちがらくなったせいか、いよいよ余裕がなくなったせいか、あまりこの言葉は聞かれませんが、私の高校の同級生も、この「自分探し病」にかかって、定職に就かずアルバイトでお金が貯まると海外旅行に出かけたものです。
 彼に言わせると、海外に出て旅行してくると、いろいろなことができるような気になって帰ることができるとのことです。そういう気分で帰国して、またお金を貯めて海外旅行に行く。日本に帰ると、かつての仲間が会社に勤めて、あるいは結婚しているのですけれども、組織や家庭に縛られてかわいそうだ、と思っていたそうです。
 ところが、ある程度年齢がいった昨今になると、少しずつ考えが変わってきたと言うのです。どこの国に行っても生きていくことができるとの自信を持って、海外から日本に戻って、よく見ると、日本で小さな会社に勤めて、まじめに働いている友達のほうが、生き生きしている、というのです。
 自分は何でもできる気になっていたけれども、ほんとうは何もできなんじゃないか。そういう疑問が湧いてきたのです。
「自分の生き方はなんだと、それを求めながら海外に出かけて、いろいろなものを見聞してきたんだが、俺は間違っていたんじゃないかな」
 彼はそう言いました。自信喪失状態といっていいでしょう。
 私がそのときに言ったことは、「お前、お墓参りに行けよ」ということでした。
「自分探しというけれど、お前はお父さんとお母さんを足して2で割ったものでしかないし、お父さんとお母さんもそれぞれのおじいちゃんとおばあちゃんを足して2で割ったものでしかないんだ。自分が何か知りたかったら、海外に行くんじゃなくて、その自分のルーツ、自分の遺伝子とちゃんと向き合うべきだよ」
 向き合うとは、お墓参りのことです。
 彼はひじょうに迷っていたときでしたから、私のアドバイスを素直に受け取りました。後日、その経緯について話してくれました。
 両親は健在ですが、おじいちゃんやおばちゃんの眠る実家のお墓参りをし、母方のお墓にも参って母の実家にも寄りました。若いときの母親がどんな人間だったかを聞きますと、母親だけでなく父の若いときの姿なども話してくれたそうです。
「親父が意外にすげえ奴だったということがわかったよ。おふくろもおふくろで、普通に嫁いで子どもを産んで育てたと思っていたけど、いろいろと冒険をしていたことも知った。何ということはない、俺も、親父やおふくろと同じようにあれこれと行動して、海外に行ったりしていただけだとわかったよ」
 彼は冷静に、自分の人生を見つめ直す契機になったと言います。
 その後、彼はいまからでも遅くない、ゼロからでもやり直せばいいんだと気づいて、実家の近くの電気屋さんに勤め始めました。そして、最近、結婚もしました。ふつうに家庭を持って、普通に生きていくことができる自信が持てるようになった、と自ら言っています。
 自分探しと言って、海外旅行などに出かける若者は、結局はほんとうの自分ではなく表面的なところしか見えないまま、帰ってくる人も多くいます。
 そんな遠いところをうろうろするのではなくて、自分とはつまり、父親と母親の混合であるという事実に気づけば、そんなに遠い場所に自分をさがしに行く必要はないとわかるはずです。
 お墓参りをして、お寺さんによって過去帳を見せてもらえば先祖がどんな人だったのかわかりますし、両親の兄弟や親せきに取材すれば、父・母がどんな子ども時代を送り、どんな人生をめざしていたかなど詳しくわかってきます。
 そうすると、今自分のしていることが、親との関係の中で納得できます。それが自分への自信につながり、人生のブレがなくなっていくきっかけになるのです。
 自分や人生に疑問を抱いたら、お墓の前で自分を考え、親を考え、親とのつながりを考える。ぜひ、それをしてみていただきたいと思います。
 お墓は先祖と自分をつないでくれる場所ですが、まったく赤の他人の上司と部下をつなぐ場所にもなります。お墓参りを会社の研修に組み入れて効果を上げている、という事例もあるのです。
 上司が部下の家のお墓参りを一緒にし、そうじも一緒にするというのです。部下にすれば、まさか上司が自分と一緒にお墓参りをし、そうじまでしてくれるとは思いません。しかも、手を合わせて、「お前が先祖さまから褒められるような人間になるよう、俺が指導するから、がんばれよ」と言われると、心にしみるのです。
 お墓の前では、人間、嘘はつきにくいわけです。それで、そうじをしながら、「お前は子どものときはどうだった?」といった昔話がしやすくなります。心理学でも7歳未満の子どものころの話をすれば、打ち解けた関係になると言われています。
 しかもお墓の前ですから、ほんとうに打ち解けて、指導されながらも、限りなく身近な人から指導されているという気持ちになります。
 これは、今どきの、なかなか心を開かない若者の教育に、かなり有効だと考えています。


前回まで
はじめに
・序章
 母が伝えたかったこと
 母との別れ
 崩れていく家
 止むことのない弟への暴力
 「お母さんに会いたい!」
 自衛隊に入ろう
 父の店が倒産
 無償ではじめたお墓そうじ
 お墓は愛する故人そのもの
・第1章
 墓碑は命の有限を教えてくれる
 死ぬな、生きて帰ってこい
 どこでも戦える自分になれる
 お墓の前で心を浄化する
 祖父との対話で立ち直る
・第2章
 心の闇が埋まる
 妻から離婚届を突き付けられて
 妻の実家のお墓そうじをする
 ひきこもりの30歳男を預かって
 心からの「ありがとう」の力

矢田 敏起(やた・としき) 愛知県岡崎市生まれ。高校卒業後、自衛隊に入隊する。配属された特殊部隊第一空挺団で教育課程を首席で卒業後、お墓職人となるため、地元有力石材店で修業をする。1956年に創業された家業の石材店を継ぎ、「人生におけるすべての問題は、お墓で解決できる」ことを見出し、「お墓で人間教育」を提唱する。名古屋の放送局CBCラジオで、平日午前の番組『つボイノリオの聞けば聞くほど』に2012年から出演を続けており、毎週火曜日に「お墓にかようび」というコーナーを持ち、お墓づくりや供養に関する話を発信している。建て売りで永代供養の付く不安の少ないお墓を提供する「はなえみ墓園」を2020年に始め、愛知県内28カ所(2024年5月現在)となっている。2022年にお寺の本堂を使った葬儀をサポートする「お寺でおみおくり」を始め、2023年にはお墓じまいなどで役目を終えた墓石の適正な処分や再利用を進める「愛知県石材リサイクルセンター」を稼働させた。


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