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<第2章:その5>心からの「ありがとう」の力

 彼がひきこもりになった要因というのは、もともと要領の悪い人間だったようですが、社会に出て働いても、何かミスをしてしまう。それで会社を辞める。そのようなことが続いていくうちに、どんな仕事をしても認められないし、どうせ会社に勤めても首になるし、ということで家に引きこもってしまったらしいのです。
 今(編注:本発行の2012年当時)、彼は37歳なのですが、ひきこもりのころは家で右腕を枕にゴロゴロと寝ていたので、右肩が上がらないと言っていました。どれだけだらしのない生活をしていたのか、わかろうというものです。
 今では、お墓をそうじしてきれいにするスキルを身につけたので、それが嬉しいらしいのです。実家のお墓をきれいにしたりして、ひんぱんにお墓参りをしています。
 また、もっとありがとうと言ってもらいたいということで、お客さまに会う仕事も覚えました。うちには営業マンはいないので、お墓を建てたいという方がいるたびに、それぞれ職人が担当者になって対応するのですが、彼もときおりお客さまを担当するようになりました。
 今では、お客さまのご要望を聞いて、お墓の設計をして、つくって、引き渡して、納骨まで立ち会ってという一通りの仕事ができるようなっています。まだまだ私から見ると半人前のところがあるのですが、「○○さん(彼の名前)のおかげで、いいお墓ができました」とお礼状をいただいたりしています。
 彼も自分がひきこもってしまっていることから、自分には存在意義がない、自分は社会にいなくてもいい人間なんじゃないか、と思ってしまっていたわけです。とくに親からも社会からも期待されていないと、自信を失っていたのですが、お墓のそうじをしたことで、上っ面の社交辞令でない、ほんとうの気持ちでの「ありがとう」をいただけたということです。
 「ありがとう」を言われると、次の「ありがとう」がほしくなって、そのためにはもっと人の役に立ちたい、コミュニケーションをとりたいとなったのでしょう。それによって自己重要感が満たされたのだと思います。
 そのいちばんの元になったのは、お墓参りであり、お墓そうじだったのです。


前回まで
はじめに
・序章
 母が伝えたかったこと
 母との別れ
 崩れていく家
 止むことのない弟への暴力
 「お母さんに会いたい!」
 自衛隊に入ろう
 父の店が倒産
 無償ではじめたお墓そうじ
 お墓は愛する故人そのもの
・第1章
 墓碑は命の有限を教えてくれる
 死ぬな、生きて帰ってこい
 どこでも戦える自分になれる
 お墓の前で心を浄化する
 祖父との対話で立ち直る
・第2章
 心の闇が埋まる
 妻から離婚届を突き付けられて
 妻の実家のお墓そうじをする
 ひきこもりの30歳男を預かって

矢田 敏起(やた・としき) 愛知県岡崎市生まれ。高校卒業後、自衛隊に入隊する。配属された特殊部隊第一空挺団で教育課程を首席で卒業後、お墓職人となるため、地元有力石材店で修業をする。1956年に創業された家業の石材店を継ぎ、「人生におけるすべての問題は、お墓で解決できる」ことを見出し、「お墓で人間教育」を提唱する。名古屋の放送局CBCラジオで、平日午前の番組『つボイノリオの聞けば聞くほど』に2012年から出演を続けており、毎週火曜日に「お墓にかようび」というコーナーを持ち、お墓づくりや供養に関する話を発信している。建て売りで永代供養の付く不安の少ないお墓を提供する「はなえみ墓園」を2020年に始め、愛知県内28カ所(2024年5月現在)となっている。2022年にお寺の本堂を使った葬儀をサポートする「お寺でおみおくり」を始め、2023年にはお墓じまいなどで役目を終えた墓石の適正な処分や再利用を進める「愛知県石材リサイクルセンター」を稼働させた。

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