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ショート百合小説《とうこねくと! ぷち》緑の町に舞い降りる前に歌って!東子さま

 みなさん、おはようございます。北郷恵理子です。
「ふふふふ〜♪」
 今日も朝からご機嫌に鼻歌を歌う奥さま──神波東子さまの付き人をしています。
 
「東子さま、おはようございます」
「恵理子ちゃんおはよ〜♪」
 小気味よいステップを踏みながら、満面の笑みで冷蔵庫からプリンを取り出す東子さま。あいさつまで歌になっちゃってます。

 東子さまが歌が好きだということは、このお屋敷に来た時からなんとなく察していました。
 楽しそうな時も、寂しそうな時も、東子さまはその気持ちに合った歌を歌っていますから。
 
「東子さまは、本当に歌がお好きですね」
 立ったままその場でプリンを食べ始めた東子さまに、私はそう言いました。
「うん、好きよ! 歌ってると心がスッキリして気持ちいいのよねぇ」
「あ、でもそれわかります。私も自分の表現したいように声を出すの好きですよ」
「やっぱ恵理子ちゃんはわかってくれると思ってたわよ。……あっ、そうだわ!」
 突然、何かを思いついたように声を上げた東子さま。
 
「今日、カラオケ行きましょ!」
 
「カラオケ、ですか?」
「ええ! そういえば今日って『カラオケ文化の日』らしいわよ。最近思いっきり歌えてないし、一緒に行きましょうよ!」
 東子さまはすでにその気になっているのでしょう……食べ終わったプリンの容器とアンティークのスプーンを握りしめ、子どものようにキラキラした目で私を見つめてきます。ま、まぶしい……
「わ……わかりました。行きましょう、一緒に」
「きゃー! やったー!」
 カラオケひとつでバンザイまでして喜ぶ東子さまがあまりにも無邪気過ぎて、私の中にある母性をくすぐられます。
 
「恵理子ちゃんはどんな歌を歌うの?」
「私ですか。うーん……主にJ-POPとか、アニメの曲も歌いますよ」
「イマドキの子って感じでいいわねぇ。私も恵理子ちゃんから勉強したいわ」
「なんだか、歌うの緊張しちゃいますね……えへへ。ちなみに、東子さまはカラオケで1番初めに何を歌いますか?」
「私? うーん、そうねぇ……」
 しばらく首をひねって考えた後、東子さまがしぼり出した答えは……
 
「ユーミンの『緑の町に舞い降りて』かしらね……」
 
「勉強不足で申し訳ありませんが……その曲を知らないので、東子さまの歌声でお勉強させてもらいます」 
「あら、そうなのね。私、この曲好きなのよ。流れるようなメロディーラインも美しくて好きだし、なにより、MORIOKAって響きがロシア語みたいって感じるユーミンのセンスが好きよ。確かに言われてみれば、もりおかって言葉が面白い響きに聞こえてくるのよね。それにMoriokaってローマ字表記した時になんか他の地名とは違うっていうか、Moriokaって字の並びになにかカッコよさというか特殊性を感じるというか……。盛岡にも行ったことはあるけど、盛岡はほどよく都会だし、盛岡駅もおっきくて、駅の近くには盛岡冷麺のお店もあって……あっ、盛岡行きたくなってきたわ……」
 
 東子さま……歌の話から脱線して、完全に盛岡の話になっています。
 
 もうすでに、私の頭の中では『Morioka』がゲシュタルト崩壊していました。
 私の耳に届く『Morioka』は、もはやロシア語ではなく東子さま語に聞こえてきました。
 
 ……いや、東子さま語って何ですか!?
 
「あーっもうわかんなくなってきた! わかんないから東子さま歌ってください! ほら行きますよっ!」
「えっ、ちょっと恵理子ちゃん!?」
 慌てふためく東子さまの腕を引っ張り、私は近所のカラオケボックスを目指しました。
 
 脳内で盛岡に舞い降りる前に、まずは歌ってもらいますよ! 東子さまっ!

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