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エッセイ小説《ひと夏の波》

「……ふぅ」
 
 生温い風に乗って漂う塩素の匂いを胸いっぱいに吸い込み、私は大きく息を吐いた。
 
 今年もここへ戻ってきたんだ。
 青空の下、ゆらゆらと波打つ水色のフィールド。
 1年振りに見るこの景色は、今年も夏の威厳を保っていた。
 
「やっちゃん久しぶり!」
「今年もよろしくねー」
 
 毎年この仕事──小学校プール監視員をご一緒している給食調理場の瞬子さんと昌代さんも、変わらず元気そうだ。1年振りの再会に胸が踊る。
 
 水温、気温共に良好。それを昌代さんが学校に連絡し、遊泳可能であることを確認。瞬子さんが機械室から大きな青旗を取り出し、プールサイドの隅にあるポールに差し込む。天高く掲げられた青旗が、夏の風に揺れている。
 
 プールに浮いた小さな虫達を虫取りあみで掬いながら、私はその景色を眺めていた。水面を泳ぐ虫取りあみが小さな波を立たせる。微かな水音が耳に心地よい。
 
 今年もここに、子供達がやってくる。
 毎年遊びに来る子達は、また今年も来るのかな。
 その子達とは、今年はどんな話で盛り上がるのかな。
 
 そんな私の想像に覆い被さるように、子供達の元気な声が聞こえてきた。例年通り、遊泳開始時刻より20分ほど早くやってくる子供達。そして例年通り「まだ入られないよー」と子供達に諭す瞬子さんと昌代さん。
 
「今日も朝から暑いな……」
 
 9時から容赦なく照りつける白い太陽を仰ぎ見て、私は独りごちた。
 
 
 
 熱い風が吹く。
 
 青旗がなびく。
 
 今年もまた、ひと夏の波が押し寄せる。

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