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突然ですが文学賞に入選です。

◇◇ショートショート

幸はその日メールを開いて驚きました。
「この度あなたの応募作品"恋しき街"が応募総数5000点の中から第8回マドンナ文学賞に選ばれました、おめでとうこざいます、つきましては授賞式にご参加いただきたく・・・」
幸はそのメールを何度も見直しました。

これまで毎年マドンナ文学賞には応募していましたが、今年は応募を辞めよう決めて応募しなかったはずなのです。
応募したと言う記憶が全く無いのに、「何でじゃろ、冷やかしかな」幸の頭の中で、はてなマークが、飛び交っていました。

「お母さん、一大事じゃ、私マドンナ文学賞に選ばれたんじゃと」
「あんた、凄いなー、念願が叶ったがな」
「ほじゃけど、私今年は出してないんよ」
「そんはずなかろがね、出したんよあんた」
「ほーかなー」

母親とそんな問答があった後も、幸は狐につままれたような気分になっていました。

「あんた、何をテーマに、書いたん」
「お母さん、タイトルは"恋しき街"じゃと」
「あんた、正統派で攻めたんじゃねー」
「書いた覚えがないけんねー」

「あんたのパソコンにメールが届いたんじゃろ、間違いなくあんたが出しとったんよ」

「何を書いたか覚えてないんじゃけん、どうしょうか・・・」

「パソコンの中を、探しとおみー、きっとみつからい、あんたが出したんじゃけん」

幸はパソコンをさらうように確認していました。

「あった、あった”恋しき街”
マドンナが生まれたのは街の小さな産院でした、彼女の誕生を誰もが待ち望んでいたのです・・・って、私が書くような文章じゃなかろがね」
「ええ書き出しじゃがね」

結局、幸は記憶の糸がたどれないままマスコミの取材を受けることになりました。

自分が文学賞を取ったような、全く別人が授賞したような曖昧な感覚で取材に答えていました。

「物語の発想は何処から生まれたんですか・・・」とインタビュアーに聞かれても答えようが無いのです。

幸は覚悟しました。
「私に記憶が無くても、私が書いたと信じて自信を持って答えよう、そうすることで作品が私のものになるはずだから」
その日から幸は「恋する街」は自分が書いた作品だと信じることにしました。

テレビ局のリポーターに「あなたにとってこの街はどんな存在ですか」と問われて幸はこう答えました。
「私が今回の物語に書いたのは、この街のことではないんですよ、”恋する街”は私の空想の中の街なんです」
リポーターは少し驚いた表情で「そうなんですね、私はてっきりこの街の事かと思いっていました、マドンナ文学賞を受賞した”恋する街”は、空想の街だったんですね」

リポーターは少し残念そうでしたが、幸はそう言っておくのが一番いいと考えて答えました。


授賞式が終わって、幸が新しい物語に取り組もうとしていた時、亡くなったおばあさんの部屋からお母さんの声がしました。

「あー、おばあちゃんの10年物の梅酒が無いなっとる、幸、梅酒がすっからかんになっとるよ」
「なにー・・・おばあちゃんのあの大切な梅酒・・・」
幸もびっくりしました。

3年前に亡くなったおばあさんが寝かせていた10年物の梅酒はおばあさんがずっと大切にしていて、10年経ったらみんなで飲もうと約束していたものでした。

おばあさんは梅酒が大好きで、毎年梅酒を作っていましたが、幸が二十歳になった時に作った梅酒は幸が大人の女性になった時に飲もうと、自宅の本棚の下に隠していたのです。

読書家のおばあさんは、よく自分が作った梅酒に丸い大きな氷を浮かべてロックの梅酒を飲みながら、ロッキングチェアーに腰かけて、好きな作家の本を読んでいました。

幸は小さい頃からそんなおばあさんの姿を見て、おばあさんの本棚からおばあさんの愛読書をこっそり持ち出して読んでいたのです。

おばあさんは幸によく言っていました。
「幸、物語は人を豊かにしてくれるけん私はいっつも読みよるんよ、幸にはいつかおばあちゃんが読みたいと思う物語を書く人になって欲しいなー」
おばあさんは、幸の空想癖を知っていて、きっと幸なら魅力的な物語が書けると思っていたのです。


おばあさんが亡くなってから幸はその言葉を思い出して「マドンナ文学賞」に応募し始めました。しかし、何度も落選するので気持ちが萎えていたのです。

そんな時、おばあさんの書斎を覗いて書棚を眺めていると、偶然下の扉から10年物の梅酒を見つけたのです。
幸はお酒には強くありませんでしたが、何となくおばあさんの事が懐かしく思い出されて、その瓶を持ち出して、一杯飲んでみました。
おばあさんが飲んでいたように、大きな丸い氷を入れて。

一口飲むとその香りも味もたまらなく魅惑的でした。
「わー、この香り、なんて優しいんじゃろ、おばあちゃんが好んで飲んどったんが分からい、口に含んだ時のこのまろやかな舌触り、たまらんわー」
そう言いながら、何杯も何杯もぐいぐい飲んだのです。

そして、幸は千鳥足で自分の部屋に戻ってパソコンに向かいました。

すると、次々に言葉が紡がれてピアノを奏でるようにパソコンの上を指が走るのです。
書き上げて、幸はそのタイトルを打ち込みました。
「恋する街」
素敵な人たちが登場する、素敵なやさしい街の物語です。

幸はそのまま文学賞の応募サイトからその作品を応募したのです。

お酒に弱い幸は、そのことを全く覚えていませんでした。

ある日の夢におばあさんが出てきて幸に語り掛けます。
「幸、あんたはちょっと酔うとるぐらいの方が、ええ文章が書けるんぞね、次の作品もほろ酔いで書くんが私はええと思うよ、”恋する街”はあんたが梅酒に酔うとって書いたんよ」

翌朝目覚めて幸は思いました。
「”恋する街”は私が書いたんだ、それもほろ酔い気分で、だから曖昧な記憶しかないんだ」と、
そして、これからはおばあさんに変わって私が梅酒を仕込むことにしようと決めました。



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