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日本画壇というコップの中の嵐。『蒼煌』黒川博行


贋作をめぐるだましあいを書いた小説『文福茶釜』がおもしろかったので、同じ黒川博行さんの作品を手に取りました。今度は、日本の絵画の世界が舞台。京都市立芸術大学美術学部彫刻科で勉強された黒川さん。高校で美術の先生もなさった経験がおありとか。そして黒川さんの奥様は、日本画家の黒川雅子さん。つまり、かなりよく知る世界を戯画化した小説のようです。

主要な登場人物は画壇の人。芸術院会員の座を狙う日本画家の室生晃人は、次期補充選挙で当選するために、ライバルの稲山健児に負けまいと現会員たちへの接待攻勢する話からはじまります。

師匠のために奔走する中堅画家や、選挙に振り回される家族たち。絵が好きで、美の世界に入ったにもかかわらず、名誉のためには手段を選ばない画壇の派閥抗争が繰り広げられる小説には、ブラック・ユーモア満載です。

日本画壇は小さなコップの中で硬直した世界なので、絵のよしあしより、人間関係で入選が決まります。美大やカルチャーセンター、短大の非常勤の仕事でさえ人間関係で決まり、芸術院の選挙に翻弄される。だから、出世のためには師匠の甥の愛人の娘とさえ結婚します。

とにかく、ライバルを蹴落として、ライバルより長生きしなければ浮かばれないようです。なぜかというと、五〇歳では若手、六〇歳で中堅といわれるのが画壇だから。

画壇の画家たちの選挙参謀になるのは、老舗の画商と大手デパート美術部長。腹を探り合い、金をばら撒き、相手陣営の人間関係を読んで楔を打ち、スパイ行為を誘います。その様子は、画壇ではなくて、政治の派閥争いみたいです。登場人物たちのセリフの1つ1つが、リアリティあって切ないです。

そう、出る杭は打たれる。画壇の序列を無視したら出世がとまる。才能はありながら・・・・・・いや、才能があったがゆえに妬みを買い、画壇を弾き出された絵描きはいやというほど見てきた。(大村)

いいたいやつにはいわせておけばいい。ただ漫然と絵を描いているだけで出世できると思っているのか。アトリエにこもって製作をしていれば、いつのまにか有力画商がつき、マスコミにもてはやされて売れっ子になるとでも思っているのか。(室生)

「哀れやわ。七十すぎの年寄りが八十過ぎの年寄りの機嫌とるやて」(玲子)

本当に、手に汗握る小説なのですが、某密林のレビューによれば、「日本画の系統図を手元において、現実の画人を推理するとさらに10倍楽しめる」そうです。日展、院展、創画展、京都市立芸術大学、京都造形大学(小説中は京都芸術短期大学)、高島屋、大丸、などなど 法人はすぐ解りますとのこと。いやはや、そうなのか。

頭の中で、日本画壇系統図に、小説の登場人物の系図を重ね合わせていく。それに、背景、社会状況、政治家が書き込まれていく。新しい知的ゲームが味わえます。貴方が、全ての登場人物が現実の名前に当てはめられた時がこの推理小説の答えです。

二〇年近く前の本ですが、今は(ゲンジツが)どうなっているのか、『ブルーピリオド』のファンとしては気になります。


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