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さなぎが蝶になるような物語。『ミーナの行進』小川洋子


父がなくなり、母が自立のために東京の専門学校に行くため、芦屋の親戚に1年間あずけられることになった「私」。主人公の朋子が語る芦屋の家は、まるでおとぎ話に出てくるようなスパニッシュ様式のお屋敷で、お庭も含めると千五百坪。ただし、内装はおばあさんに合わせてすべてドイツ風です。

戦前、ドイツから嫁いできたローズおばあさん、おじいさんはもういませんが、かっこよくて紳士的で冗談ばかり言う楽しい伯父さん。控えめだけど、観察力のするどい伯母さん。そして、朋子より年下で美少女のミーナ。お手伝いと言いつつ、屋敷のすべてを仕切る米田さん。庭の手入れとポチ子の世話をする小林さん。お兄さんが留学中なので、朋子は彼の部屋を使わせてもらうことになりました。

ミーナは喘息がひどく、車の排気ガスがダメなので、歩いて通える距離の小学校に通っています。しかも、ポチ子に乗って。ポチ子というのが、コビトカバ。楽しいこと好きなおじいさんが伯父さんのために買ったコビトカバに乗って、ミーナは小学校に通うのです。

ミーナが病弱で、ローズおばあさんの足が悪く、米田さんはローズおばあさんが嫁いできたときからの親友のような存在なので、やっぱりお年寄り。なので、一家はほとんど外出せず、買い物は御用聞きの人が来て配達してくれます。だから、ステキな洋館に住む一家なのに、生活はとても地味です。

朋子の用事があるときだけ、伯父さんはメルセデス・ベンツをかっこよく運転して連れ出してくれます。でも、普段伯父さんは家に帰ってきません。最初、朋子はその理由がわかりませんでしたが、やがて他に帰る場所があるのだとうっすら理解するようになりました。ステキなお屋敷が暗いのも、そのせいだったのです。

ミーナはかわいいマッチ箱を集めるのが大好きで、山のように集めたマッチ箱をベッドの下に隠していました。そして箱の絵柄にあったお話をつくって、箱の中にしまうのです。朋子は、毎週水曜日、ミーナのためにマッチ箱を探して持ってきてくれる、配達のお兄さんにミーナが恋していることに気づくのです。

芦屋の洋館に外車に、レストランのシェフたちが出張してディナーをつくってくれるような生活が耽美小説にならないのは、コビトカバのポチ子の存在がユーモラスだからだし、あまり外出しない家族のちょっと世間からずれたレトロな感覚が邪魔をするから。

レースのドレスやステキなアクセサリーに囲まれた生活が、単純なおとぎ話にならないのは、伯父さんの不在が一家に落とす影が大きいです。主人公の朋子の語りは、耽美小説と切ない思い出の間を、淋しい話とユーモラスな話の間を、ちょうどいいバランスでつないでいきます。甘酸っぱい少女時代の思い出とも、またちょっと違う感じ。

朋子は外部からやってきた主人公ですが、ミーナや伯母さん、伯父さんたち登場人物を不思議な距離感で結びつけます。この感じが絶妙で、小川洋子さんお得意な表現のように思えます。バレーボールのミュンヘンオリンピックの話は、ちょっと『博士の愛した数式』を思い出させる、スポーツをつかったアクセント。そして、病弱だったミーナの物語の転換点。物語の終わり方、読後の余韻も最高でした。

こういう小説、大好きです。


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