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中世的ミステリーの傑作。『聖女の遺骨求む』(修道士カドフェルシリーズ)エリス・ピータース


舞台は12世紀のイングランド。
ベネディクト教会の修道士カドフェル。彼は十字軍遠征の経験があり、現在は修道院でハーブを育て隠遁生活を楽しんでいる。ところが、修道院では聖人の遺骨を探して守護聖人にまつり、院の権威を高めようという話が持ち上がり、ウェールズまで副院長一行を派遣することになった。ウェールズ人のカドフェルは通訳として同行することになる。そして、事件はおこる。

中世のイングランドとウェールズ。
現在”イギリス”ってひとくくりにされてしまいがちな各地の社会・民俗・習慣などなど、歴史的な記述だけでもすごくおもしろいし、中世の宗教的な話にも興味をそそられる。そして、ミステリーとしても読ませる物語になっている。この本を読んで『ココ&ヤムヤム』シリーズのクィラランがなぜスコットランド出身にこだわっているのか、あしべゆうほ『クリスタル・ドラゴン』がどれだけブリテン島とその歴史をよく調べて描いてあるか、はじめてわかった。

カドフェルシリーズはすごく有名らしいけれど、私がこれを読んだのは全くの偶然。「骨」関係の文献を調べていて、たまたま見つけて参考までに読んでみようと思っただけ。でも、予想以上におもしろく、久々の掘り出し物にうきうきしている。


修道士カドフェルシリーズ第2弾。
『死体が多すぎる』の舞台は1137年。当時スティーブン王とモード女王がいとこ同士でイングランドの王位を争っていた夏。カドフェルが住むシュルーズベリ大修道院近くまで戦火が及んでくる。

スティーブンもモードも祖先はノルマン人だし、モードは再婚してフランスに在住。それなのにイングランド王位継承戦争に巻き込まれ、殺されるイングランドの人々。フランドルの傭兵。歴史好きにはたまらない設定でミステリーは起こりる。94だった死体が、翌日95に増えていた。この身元不明の遺体とは?

前作では、中世のイングランドとウェールズに絡んだ、修道院がらみの黒い話がおもしろかったけれど、今回はスパイ映画のような、ハラハラどきどきのスリルが満載。もちろん、修道院の生活とか中世の町なんかの描写も地味はなずなのに魅力的だし、前作同様カドフェルが暖かく見守る若い男女のロマンスもいい。なにより、経験豊かなカドフェルと若くて頭のいいヒューの知恵比べには手に汗握ってしまった。

最後のどんでん返しの後、さらっとエンディングに入るアガサ・クリスティに比べて、エリス・ピーターズの場合はさらにアクションも楽しめる。人物だけでなく、その土地、町、歴史がじっくりと描かれるのがピーターズの一番の魅力。読む度に続編が楽しみになるシリーズです。

その他、修道士カドフェルシリーズ


『修道士の頭巾』
イングランドとウェールズの法の違いが物語の背景となる物語。タイトルは、猛毒トリカブトの別名だそうだ。ハラハラどきどきの2作目に続くのは、やんちゃな少年たちの活躍。

『聖ペテロ祭の殺人』
戦火の過ぎ去った町で起こる殺人事件。次の内戦の火種となるような秘密の手紙をめぐり、若い男女が織りなす冒険とロマンス。それを手助けするブラザー・カドフェル。物語の最初で、修道院と町の利害は元来対立するもの――の記述があって、「?」と思ったけれど、聖ペテロ祭の市場の税収はすべて修道院に入り、町長が町を代表して意見しにくる場面に来て、遙か昔の世界史の授業を思い出す。そうか、税金の問題か。昔の教会とか修道院って土地持って管理して裕福だったんだっけ。

『死への婚礼』
ハンセン病療養所をも舞台にした物語。ちょうど日本でハンセン病患者に対する政府の謝罪等が話題になっていたので、中世イングランドで修道院をからめて書くとこうなるのか……と感慨深く読む。カドフェルの弟子マークの活躍が頼もしくてかわいい。私はマークファンだ。

『氷の中の処女』
イングランドの冬の景色と冒険アクション。ヒュー、カドフェルの活躍はもちろんのこと、謎の若者、小さな英雄の活躍も手に汗握る……が、珍しくヒロインは好きになれなかった。シリーズ中、唯一嫌いなヒロインかも。

『聖域の雀』
中世イングランドの町人世界の結婚を背景に犯罪が起きる。正式な結婚っていうのは、この世の半分。金(土地)が動くか、そうでないかだけの違い……ってカドフェル言葉を思い出した

『悪魔の見習い修道士』
映画「

映画『エデンの東』を思い出させるような設定に、背景となるイングランドの内戦がとても効果的。私の好きなマークが再登場でうれしかった。それにしても、修道士と司祭って別物だったのね。どう違うんだろう

 『死者の身代金』
中世の戦争の様子、そしれ捕虜好感のやりとりがとても興味深かった。近代の総力戦と比べて、(当たり前だけど)とても人間的だ。人間はここから進歩しちゃいけなかったんだよね。ボタン1つで核戦争、戦争後何年も劣化ウランの後遺症……なんて悪魔の仕業としか思えない

『憎しみの巡礼』
聖女の遺骨が正式に修道院に運ばれるその日、巡礼の少年とその姉、そしてカドフェルたちに奇跡が起きる。キリスト教的な罪と贖罪……読み応えある1冊。

『秘蹟』
読み始めは「もしかして、ちょっとヤバイ展開?」と心配したけれど、さすがエリス女史。ホッとしました(苦笑)。シリーズ中、初めて殺人事件の起きない話でした。

『門前通りのカラス』
淡々とした物語のラストは、とっても気の利いたエピソード。上手いなあ。いつもながら、登場する若者は魅力的。しかもシリーズのどの1人も似ていない。教会と修道院の組織が全く別物だってこと、それから中世の教会組織と今私たちがイメージする教会とは違うこともこの本で知った。

『代価はバラ一輪』
ロマンチックなタイトル同様、物語のラストもロマンチックだった。今回は未婚のカップルではなく、若い未亡人と妻に先立たれた職人が主役。しっとりといい雰囲気でした。

『アイトン・フォレストの隠者』
久しぶりにアクションのある物語。10才のリチャードがとてもかわいい。若者二人も魅力的。そして、今回は森番の仕事の描写が興味深かった。森は手入れしないと森じゃないのね。『森のイングランド』も読んでみたくなった。

『ハルイン修道士の告白』
淡々とした物語のラストのどんでん返しが心地いい物語。両親の世代と娘の世代の2つの話が同時並行して厚みを加えて、ありがちな物語になるのを防いでいる。

『異端の徒弟』
聖地への巡礼、東方の文化、教会各派の確執などなど・・・その後の宗教改革まで予感させられそうな物語。そしてシリーズが進むにつれて、カドフェルの外の世界への憧れが大きくなっていくのも気になるところ。

『陶工の畑』
タイトルは聖書にちなんだもの。ちょっと聞いただけでは「?」なタイトルは大体聖書からの引用だったりする。

『デーン人の夏』
大好きなマークが凛々しくメインで登場。ウェールズ描写になると、カドフェルもエリス女史もいきいきする感じ。デーン人たちもヒロインも魅力的でわくわくする物語。

『聖なる泥棒』
聖ウィニフレッドの遺骨が盗まれた!? 私好みのチューティロ修道士見習いがとても魅力的。新登場のレスター伯も渋くていい。きっと次の物語の布石になっているはず。

『背教者カドフェル』
息子のオリヴィエを探す旅に出たカドフェル。最終話らしく、アクションあり戦争あり、そして魅力的な駆け引きあり……ラストはシリーズをまとめるにふさわしく大団円+少々ほろ苦い未来の予感になっていて、さすがエリス女史。どうやったら80才でこれだけ無駄のない長編シリーズを書き続けられるのか……と感心しつつ「あとがき」を読んだら、なんと続編準備中に女史は逝去されたのだとか。たまたま20冊目だったのか……たまたま大団円だった? 

多分そんなことはない。女史自身がカドフェルシリーズの中でカドフェルに何度も「神のなさることに無駄はない」と言わせているのだから。
それにしても、この1冊は本当におもしろくて、何度も何度も繰り返し読んでもまだ飽きない。原文でも読んでみたくて、アマゾンでペーパーバックを注文してしまったほど。


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