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中華ファンタジー・ロボットSF『鋼鉄紅女』シーラン・ジェイ・ジャオ(中原尚哉訳)

中国の歴史に多少知識がある人なら、武則天と、李世民と、朱元璋と、諸葛亮と司馬懿に安禄山まで出てくる、英語で書かれたヤングアダルトってわくわくするのではないでしょうか。しかも、歴史物ではなく、朱雀や白虎、玄武というロボットで闘うSFです。主人公は武則天という少女。もちろん、女性初の皇帝になった歴史上の人物ではありません。

小説の舞台は、宇宙からの侵略者の巨大生物「渾沌」(フンドゥン)に人類が壊滅させられて2千年たった未来。フンドゥンの死体から人類は巨大ロボット(霊蛹機)をつくって戦っています。回復された土地は「長城」と呼ばれる壁で囲われ、フンドゥンの侵入を防いでいます。

人類解放軍の霊蛹機は、男女一組のパイロットで操縦します。その方法というのが、脊椎に針をさしてロボットと一体化するというもの。しかも、男性パイロットが女性パイロットの身体に腕を回して精神的なエネルギーを共有し、ロボットを動かすというから官能的。気の供給力が弱いパイロット(大体女性)は、戦いの中で気を使い果たして死亡することがあります。だから女性は使い捨ての妾女(しょうじょ)が起用されます。

男性側のしっかりした戦闘服(?)に比べて、女性の側は宮廷の女官じゃないかってくらいに軽装(というかほぼ下着?)。『機動戦士ガンダム』のララアよりも軽装。そして、人気の男性パイロットにあてがわれ続ける大勢の女性パイロットという部分が、宮廷ドラマっぽい。かと思いきや、最強パイロットペアは男女つよつよ。女性も死なない。

そもそも、この小説の世界はひたすら男尊女卑で、一般女性は家畜のような扱いで、纏足(てんそく)させられます。中華思想的価値観で、漢民族以外の人たちを「夷狄」(=野蛮人)呼ばわりしたり、辺境(農村)育ちは生活が困難で現代中国みたいだし、首都長安の面積がやたら狭くて、高層ビルが立ち並ぶ様子は香港みたいです。でも、『山海経』の刑天とか出てきます。

そして、人類の生存をかけた戦いのはずなのに、なぜかドローンとかで映像が一般人に配信されて、娯楽として提供されています。それを商売にしている財閥がいて、パイロットは人気を競い合う。人類解放軍の作戦も、この「中継」を宣伝に使って持ちつ持たれつ。かなり、きな臭いです。

主人公の武則天は、弟の結婚結納金のために軍隊に売られます。彼女の姉も少し前に売られたのですが、戦闘に出る前に殺されてしまいました。武則天は、殺された姉の敵を打つため、身分違いの恋を振り切り、志願して敵とペアを組む女性パイロットになります。ところが、初陣でいきなり男性側の気力を全て枯渇させて、殺してしまうのです。

おどろいた首脳部は、武則天を「鉄寡婦」と呼ばれる強い精神エネルギーの持ち主として、人類解放軍で一番戦闘能力の高い「鉄馬」李世民とペアを組ませます。彼は父殺しの犯罪者で、鮮卑族の血をひく「夷狄」ですが、戦闘能力の高さ故に死刑執行を免れているパイロット。でも、武則天が実際にペアを組んでみると、彼は評判とは全然違う温厚な人物でした。

李世民と精神的な共有をしていくうちに、武則天は人類解放軍と自分たちの住む世界が、おそろしく歪なことに気づきます。彼女を助けに来た元恋人の易之や李世民と助け合いながら、少しづつ自分たちの住む世界の謎をときあかし、支配者の男たちをなぎ倒していく。もう、このスピード展開が最高におもしろい!一気読みです!!

著者のシーラン・ジェイ・ジャオさんは中国生まれで、回族(イスラム)の血をひいている方。10才でカナダに移民して、大学で生化学を選考していましたが、コロナの影響で専門分野での就職を諦め、ユーチューバーとして活躍しつつ、小説を書いたのだそうです。

デビューはなんと2021年。デビュー作は、本書の原作『Iron Widow』。(『鋼鉄魔女』じゃなくて、彼女の操縦した朱雀の紅を意識した『鋼鉄紅女』の日本語訳が素敵)ニューヨークタイムズ・ベストセラーリストのヤングアダルト・ハードカバー部門で1位を獲得。SF関連の賞ではイギリスSF協会賞の若年読者部門ほか、たくさんの賞の候補になったとか。超絶おもしろさですから、たくさんの賞を受賞するのも当然ですね。

未来的なロボットと中国古代の社会文化と漢服って組み合わせは、アニメ向きかなあと思いますし(『銀英伝』もドイツ風でしたっけ)、主人公がとにかく強い女性で、男性中心の支配の「常識」に反抗し、弱者男性を助けて協力していく過程がおもしろいです。中でも、ペアの李世民と元恋人の易之との三角関係ならぬ、3人仲良く恋愛っぽい感じも今風。作者はノンバイナリーを宣言している方とのこと。なるほどです。

この作品のアイデアは、日本のアニメ『ダーリン・イン・ザ・フランキス』だとか。こちらのアニメもチェックしてみたいですし、来年発売されるらしい続編(英語)も楽しみ。日本語訳は再来年かな? 個人的には、この小説が中国大陸で翻訳されるかが気になります。上野千鶴子の本がベストセラーになったり、映画『バービー』がヒットしている中国。でも、この小説は台湾で翻訳されて、繁体字版だけが出るパターンではないかと睨んでいます。

そして、こういう小説を読むと、実際の歴史の李世民とか楊堅とか独孤伽羅とか、隋唐時代を再確認してみたくなります。現実の李世民は兄殺しでしたが、父は殺していなかったはず?

■追記(2024/1/26)
まさか、ヒューゴー賞にからんでこの作品も面倒に巻き込まれるとは思わなかった。賞をとることが全てではないけど、それにしても排除とは……..


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