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中国の恐竜事情がおもしろい。『恐竜大陸中国』安田峰俊(田中康平監修)

子どもにとって、恐竜の話題はいつだって人気コンテンツ。夏休み限定だった番組が、先生たちの話のうまさ&SNS人気のおかげで、毎週の番組になって以後もしばらく聞いていました。私の場合、恐竜好きというより、ガチ勢な子どもが専門家に正面からぶつかっていくのを聞くのが大好きなので。

さて、日本でも恐竜の化石は発見されますが、量ではお隣の中国がとにかく圧倒的。発掘の状況も日本の比ではありません。だけど、意外に日本語での情報量が少ないです。ということで、安田さんの本は、かゆいところに手が届いてくれる良書。NHKのラジオ相談室でもおなじみの、田中先生が監修というのもわくわくします。

安田さんはブルーバックスでも恐竜について連載されていますが、ウェブよりももう少し、中国の歴史や社会、政治よりの文章になっているところが中国好きにはうれしいです。

恐竜がトカゲのような鱗ではなく、羽毛を持っていたことがわかったのは中国での化石の発見。1996年に東北地方(旧満州)の遼寧省で発見されたシノサウロプテリクス・プリマ(原始中華龍鳥)。体長1・3メートルほど。農民が農閑期に化石ハンターの副業をしていたときに見つけて、中国地質博物館に売り込んだことがきっかけ。

季強教授が購入し、アメリカやカナダの古生物学者たちと検討を重ね、大発見につながりました。以後、「鳥=恐竜」説が裏付けられる大発見になったとのこと。ただ、さすがの中国では農民が持ち込むものには偽物も多く、研究者の目利きが重要だとか。

この本には、中国で見つかった恐竜がたくさん紹介されていますが、私が心そそられるのは、恐竜の名前の付け方。現在の「中国語」ができたのは中華人民共和国成立後。でも、恐竜の発掘は近代から始まっているので、中国語の発音表記が統一されていない時代のローマ字つづり(ウェード式)や、中国独自の発音記号(ピンイン)と英語表記の混同とかがおもしろいしです。

もちろん、第三者だから「おもしろい」だけで済むのですが、最近の中国の「愛国的」=中国式にこだわる雰囲気だと、●●サウルスではなく、帝龍(dilong)、冠龍(guanlong)みたいな●●ロングという中国式表記が優先されがちなのだとか。日本人だと学術的にはラテン語に合わせるって姿勢が当たり前に思えるし、実際、研究成果は共有されやすいほうがいいと思うのだけれど。

さらに面倒くさいのは、中国語「龍」「竜」の発音「ロン」は発音記号で「long」と書きします。英語でもyoung(ヤング)だったり、Hongkong(ホンコン)だったり面倒くさいところに、中国語表記のややこしさも加わって、「ロン」と「ロング」不統一問題と、さらに面倒くさくなります。

そして、中国ならではだと漢字表記の問題があります。必ず漢字表記されるので、漢字をみれば混同しないかというと、これがまたそうでもなくて、見た目が小型だったり、地味だったりする恐竜にも、地域おこし的というか、「適切」より「華美」をよしとする中国らしく、五彩冠龍とか、半月金塔龍神奇霊武龍みたいなキラキラネームがつけられて、名前負けしている事例がいろいろ味わい深いです。

とはいえ、私は恐竜マニアではないので、好きなのは中国の恐竜好きについてのコラム。日本や欧米に比べて、経済的に恵まれなかったり、研究レベルも低い中国で、日中戦争や中国革命の内戦、そして社会主義国になったあとの政治混乱なんかを苦労しながら、それでも諦めず、好きなことに向かって努力する人の物語は心に響きます。

例えば、楊鐘健教授は、70才近い年齢のときに文化大革命がはじまり、かつてドイツに留学した経歴を理不尽に批判されただけでなく、自宅を荒らされたり、虐待までされました。そんな中でも本を恐竜の本を2冊書き上げたというから、そのすさまじいまでの情熱に圧倒されます。

恐竜の化石は中国人にとって「竜骨」。甲骨文字の刻まれた動物の骨と同様に、古代から漢方薬としての価値があったそうで、もちろん化石としての研究上の価値もある。だから、どこかで偶然、農民が1つ化石を見つけ、研究所や博物館が高い値段でると、あっという間に大勢の農民が押し寄せて、化石を掘りまくってしまうのだとか。

重慶の宝峰で発見された宝峰龍は、約1億6千万年前のジュラ紀後期の恐竜。全長推定18メートル。高さ3メートル。村人の劉雲書(当時48才)が炭鉱で働いた経験から、土木作業で見つけたものが古生物の骨だと検討をつけ、地元当局の文化財担当に報告。確かに恐竜の化石と確認されました。

古生物の化石は民間療法でリュウマチやガンの薬といわれ、劉の化石発見ニュースになると、周囲の農民たちがこぞってこれを掘りに来たそうです。劉夫妻は押し寄せる盗掘者を14年間追い払い、2011年、ようやく専門家がやってきて正式な発掘調査が行われるまで化石を守ったそうです。

夫婦に見返りがないどころか、劉は自分がガンになって入院している間、私財でガードマンをやとったり、妻のアイデアで化石の前に池をほって第三者が近づけないようにしたり。もう、ただただすごいとしかいえません。

近年では、中国でも恐竜人気が高まって、学校でも恐竜など古生物についての授業が行われているらしく、小学生が工事現場で恐竜の化石の卵を発見したニュースをネットで見ました。やはり、教育は大事。知識は大事。超有名な恐竜研究者の小林快次先生のお友達だった中国人研究者のお話とか、ミャンマーで発見された琥珀の中の化石の話など、とにかく盛りだくさん。人類の英知は可能な限り、後世に伝わって欲しいです。おすすめ。


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