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結婚2周目における【誰と結婚してもあまり変わらないのかもしれない】という考察について

先月、古くからのお客様と久しぶりに会った。弁護士をしている人だ。

カウンターに並んで静かにお鮨をつまんでいると、彼が「二度目の結婚生活はどうだ」と尋ねてきた。
私は彼にどこまで話してあったかしら、と不確かな記憶を辿りながら、
「そうね…。なんていうか、誰としてもあまり変わらないということがわかったかな」とだけ返した。

幸せそうな話を期待していたのか、愚痴を肴にしたかったのか、彼は一拍おいて「ふうん」とだけ返した。その後もグラスを握りしめたまま何か言いたげな空気を漂わせていたが、彼はそれ以上尋ねなかったので、私もそれ以上説明しなかった。

こんな状況で夜の店に誘うわけにもいかないので鮨屋を出てお礼の挨拶をしたが、彼は申し訳なく思ったのか「割と美味いケーキ屋があるんだよ、目と鼻の先に」と、近くのパティスリーに私を連れて行った。
残り少ないショーケースから私に好きなものを選ばせて店を出た後、彼はケーキの入った紙袋にそっと紙幣を滑り込ませた。私が再度お礼を言おうと見上げると、彼はそれを遮って、

「お前、やっぱ、世の中を斜に構えて見てるところがあるよ」

と、どことなく憐れむように言った。
私が何か言い返すより先に、「じゃあな」も「またな」もなく彼は去っていった。奥様へのお土産のケーキを大切そうにぶら下げて。

私はその後ろ姿を見ながら、こんな時こそお酒の力を借りたいのに、と、ぼんやり思っていた。


***


彼と初めて会ったのは確か私が20代前半の頃だったから、もう10年近く前のことになる。と言っても色恋のようなものが生まれたことは一度もなく、かといって友情のようなものが芽生えているわけでもなく、互いに必要なものを交換するだけの、とてもドライな間柄である。(だからこそ続いているのかもしれないが)

私が昼職に就いてからは、何か法的なトラブルに巻き込まれた時に相談するくらいで長いこと会っていなかったのだが、
数年前ふと近況報告し合ったことがきっかけで再び顔を合わせた。
私が最後に籍を移した銀座の店と彼の弁護士事務所とは、徒歩3分と離れていなかったのである。それが判明した週末の夜、彼は店に寄って気前よくボトルを入れてくれたのだった。

東京はとても狭い。

彼は精神疾患やパーソナリティの問題を抱えたクライエント(またはそういった人を相手にしているクライエント)を持つことが多く、対応に困ると私に専門的なアドバイスを求めにきた。私は彼が自分を専門家としてみてくれる様になったことが嬉しくて、できる限り親身になってそれに応えた。

フルネームでボトルを入れ、せっかく可愛いヘルプをつけてもろくに興味を示さず誰も口説かず下ネタも皆無で、時折メガネの位置を神経質に直しながら、手を焼いているクライエントについて難しい顔で分析する彼。
周囲の女の子も黒服も、そんな彼と私を生ぬるい目で放っておいてくれていた。


***


「お前はやっぱ、世の中を斜に構えて見てるところがあるよ」

彼の言葉は、不思議と消化されずにいつまでも残っていた。

「私が、結婚は誰としてもあまり変わらないって言ったから?」

と、後でメッセージを送ってみたが、返事は返ってこなかった。
そういう建設的でない問いにはあまり答えない男なのだ。とてもドライだ。


***


「結婚は誰としてもあまり変わらないということがわかった」、という言葉は、必ずしもネガティブな意味で言ったわけではなかった。

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