能登の祈り
――
語り継ぐ人もなく
吹きすさぶ風の中で
まぎれちばらる星々の名は
忘れられても
旅はまだ終わらない
――
ちはやぶる地動が、一縷の幽光も許さぬ黒暗淵(やみわだ)の底で狸寝入りを決めこんでいた冷たい水を叩き起こし、わだつみの神々を怒らせ、ささやかなる平和のまどいの内の同胞たちを、春の花嵐のごとく吹き散らした…
怒りは神々だけのものでなく、憤りは神だけのものでもない、
怒りは、引き剝がされた桜雲のごとき「人」の心であり、まぎれちらばる一枚いちまいの花弁は、それかあらぬか、その涙である。
その日、
はなはだしき地動と津波に喰い尽くされた元日に、被災地で出産におよんだひとりの母があった。
地と水の咆哮に先立って、胎児は産道に達し、
曙のように姿をあらわした巨大な水獣を前に生まれくる、あまりに非対称な命を守るべく逃げのびたオペ室にあって、母は産声を聞き及び、新しい命とあいまみえた。
小さな希望にまだ、名は与えられていない。
ただ、「この日に生まれたことを誇りに思え」という願いを込めて、子のために言霊を贈ることが、母たちのあいだに誓われた。
言霊は名に宿り、名は言霊を宿す、
一枚いちまいの花弁が吹き散らされてもなお、その色の失われることのないように…。
どうか、
毀壊の町の底から救い出される人、すでに先祖の元へ旅立ってしまった人、避難先の闇の中で額を寄せ合い今日を生き延びようとする人、
どうか、
すべての被災者と、被災者に思いをはせる津々浦々の同胞たちが、新しきその名を耳にしたその時に、その胸の内に不滅の言霊をとどめることができるように…。
わたしたち大和の地は、言霊の幸ふ國である。
わたしたちの先祖は、かつて、空から落とされた悪魔の炎火によって焼き尽くされた。
けっして「神」からも赦されることのない悪魔の罪のために、数えきれない同胞たちが殺められた、同じ日の夕まぐれ、やはり数えきれない友達に恵まれるようにという祈りを託された、ひとつの、美しい名前を贈られたちのみごがあった。
たとえどんなに儚くて、一握の砂のごとき日月にすぎずとも、その子どもがかの地に生まれたことを無かったことにできる者など、この地にいない。
天上の悪の霊と、その取り巻きたるにすぎぬ「人」のこしらえた地獄のさいはてにあって、奪われ、失われた無数の魂という「不死の友」に恵まれるようにと宿らせられた「言霊」が、たかが悪魔ごときの炎によって滅ぼし尽くされるということも、けっしてない。
だから、
どうか、奪われた故国の下から救われる人、すでに父祖の列へ加えられた人、あの日の宴のように肩を寄せ合い、今日一日を生きながらえようとする人、
どうか、すべての被災者と、被災者に心を寄せる島々にまぎれちらばったわたしたち一人ひとりの上に、
幸ふ言霊の憐れみと慈しみが、さながらこぼれ落ちたパン屑のように、もたらされますように。
尊い犠牲を払った先祖たちが、同じ人の姿にあやかった悪魔の炎の中でも新しい命を繋ぎ、五体を焼き尽くされてもなお焼き尽くされえなかった「永遠の魂」を恵まれえたような、そんな、美しい名前が、
今、この時代の「今日」を生きようとしている、わたしたち一人ひとりの上に……
だから、
もう一度、はっきりと言っておく、
わたしたちの国は、言霊の幸ふ國である。
言霊は名前に宿り、名前は言霊を宿す。
たとえこの身がちはやぶる大地の底に帰っても、不死の魂は久遠の空の、その上へ上へと翔けあがる、
そして、永遠に生きる”言霊”のかたわらにとどまって、とこしへに生きる、
とこしへに生きて、天のその上に耀う憐れみの光をたたえつづける、
ちのみごと、みどりごたちの唇によって。
あまりに一方的な創造主と、常に居留守の救い主と、もはや手遅れの贖い主に問い質す理由など、もはやない、
ちはやぶる大地と、その深淵に触れられて怒髪天を衝く大水と、いかなる人よりも従順なそれらを御許に従えたる「神」とのあいだに、もはやいかなる隔意もない、
はなはだしき黒暗淵は津波のごとく胸の烟霞を過ぎ去らせ、わたしの心はもはや迷わず、わだかまらず、哭かず、嚇ることもない、
わたしたちは、言霊の幸ふ國に咲かされた、ひとつひとつの不可分の花弁、
あまりに巨大なものを前にしても、あまりに小さなものを守り、慈しみ、育み、ただそのために戦い、ただひたぶるに戦いぬく名前たち…。
どうか――
理由以上の希望と、傷以上の赦しと、懊悩以上の和解を、
どうか――
すべての貧しき同胞、乏しき家族たちの上にこそ、朝ごとに新しく、けっして涸れることも、尽きることも、失われることも、あきらめることもない、佳美しきその”名”を……
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